第十一回特別対談 康すおん(俳優)×山下敦弘(映画監督)

大阪まで初めて会いに来てくれた人

山下敦弘(以下、山下):康さんは、当時僕がまだ大阪にいた頃に東京から会いに来てくださったんですよね。

康すおん(以下、康):『どんてん生活』をユーロスペースで観てね、最終日に。それが衝撃的で。3日間くらい引きずった。ホンマかいな?と思いながら。

山下:本当ですか?

:映画観てもすぐ消えちゃうほうなんですけど、心に残ったんです。それで、住所がわからないから、PLANET+1の富岡邦彦さんに紹介してもらって、「会わせてください」と手紙を書いたら、「OKです」と返事が来て。

山下:確か、梅田かどこかの喫茶店で会ったんですよね。俺、そのときはまだ20代半ばのフリーターでしたから。

:俺は41か42歳くらいだったかな。マネージャーと一緒に二人で大阪に会いに行ったとき、名前は覚えてましたけど、顔がわからなかった。チラシの写真には、どっちが山下監督でどっちが脚本の向井康介さんか書いてなかったんで。

山下:僕も、昔は髭がなくてスッとしてましたからね(笑)。坊主で。

:どっちが監督かなと思ってたら、こっちの人だった。何を喋ったかまでは覚えていないけど、見せるものがないから、「出してください」と伝えるのが精一杯でした。

山下:でも、そのときのプロフィールに、市川準監督、阪本順治監督、原田眞人監督のお名前があったので、「出演されてるんだ!」と思って、お会いした後に市川監督の『東京マリーゴールド』を拝見したりしました。東京からわざわざ会いに来てくれた人は康さんが初めてだったので、最初は俺もどう接していいのかわからなくて(笑)。

:会うのが仕事や、と大阪まで。

山下:後にも先にも、康さんだけでしたけどね(笑)。直接会いに来てくれたのは。それがきっかけで、『リアリズムの宿』に出演していただいた。当時はまだ大阪を拠点にしていましたけど、衣装合わせは東京でやったんですよね。

:そうそう、こっちで。ポンちゃんというキャラクターについて自分なりに考えてたんですよ。歌舞伎町の喫茶店に昼間行ったら居てそうな、おっさんのイメージかな、とか。それで衣装合わせに行ったらボロいスーツで。足元も革靴じゃなくて白い運動靴、流通センターに売ってそうな。あれを見たときに「これや!」と思って。そのセンスがすごいなと。

山下:ああいうスラックスに白いスニーカーの人のほうが、見たときにザワザワするというか怖そうだなという印象があって。あの頃は、衣装も具体的なイメージがありましたね。

:あの衣装はキャラが立ちますよね。ポンちゃんという訳のわからない奴の奥行きを感じた。役者は衣装や小道具からキャラクターがヒットする方向を探していくけれど、あれは衝撃的やった。これやんって。

山下:打ち上げに来てくれて、乾杯して喋ったりはしますけど、二人でこうやってしっかり喋るのは初めてかもしれないですね。

:2回目ですよね、あの、最初に大阪で会ってもらったとき以来。

山下:本当にそうです。康さんって、それこそ俳優陣にもファンがものすごく多いんですけど、飲み会とかにも全然来ないので。謎多き俳優さんです(笑)。

:この対談のお話をもらったときは、ほんま嬉しくて。でも2~3日経ったら急に不安になってしまって。本も読まないし、映画も観てる数が少ないですし、僕で大丈夫かなと(笑)。監督はいろんな人と飲むでしょう? でも僕は飲みの場がごっつい苦手なので。

山下:僕も人を誘うのが苦手なんです。現場で誘われて一緒に飲むことはありますけど。康さんは、いつも気づいたらもう現場にいない。でもホテルに戻ると、コンビニ袋にウイスキーを入れた康さんとばったりあったりして、やっぱり飲んではいるんだなと思いながら(笑)。

:俳優の鈴木拓真さん達と、2カ月に1回飲み会みたいなのをしてるらしいですね。「康さん、今度誘いますから」と言われたけど、「やめてくれ」と(笑)。

山下:打ち上げでさえ、康さんがいるときは「あ、今日はいるんだ!」という感じがあります(笑)。

:みんなよう喋っててすごいと思う。僕は打ち上げに行っても、全然リラックスできないんですよね。

山下:俺も内心はザワザワしてます。自分の仕事はまだ終わってないし、でもみんなを労わなきゃいけないし。結果、途中で潰れちゃうパターンが多いんですけど(笑)。

約20年間、変わらない距離感

:山下監督とは、現場でもずっと似たような距離感ですよね。

山下:そうですね。康さんが事前に考えてきた芝居を現場で見せてくれて、それに対して「こうしていきましょう」とお互いちょっとずつ調整していくような。

:「まず、やらせてください」と僕がやると、山下監督が方向性を示してくれる。そうしたらまたそっちの方向でやってみる。すぐ見せたほうがわかりやすいかなと。

山下:役者さんによってはたくさん質問を投げてくる方もいるんですけど、康さんは色々と聞いてくるタイプの俳優さんではないですよね。衣装合わせや本番で一つ二つは質問されたことはありますけど。

:山下監督はリハをやってくれるので、まず撮影前に見せられる。リハがあると、本番で迷うことがないから安心します。

山下:『もらとりあむタマ子』(以下、『タマ子』)を撮影していたときに、前田敦子さんと康さん、ほぼ二人っきりの作品だったから、空き時間に会話しながら調整したりしてるのかなと思ったら、二人とも本当に喋らないんですよね。むしろ、全然違うところにいるんですよ。康さんはどこかに出かけちゃうし。「こうやるからこうやって」みたいなことはどちらも言わないタイプだから、本番で芝居を始めたとたんにやり合うんです。似た者同士のアプローチだなと感じて、面白かったです。

:実際やってみるほうが伝わるから。

山下:作品を観ると、二人はすごく親子の空気感があるんだけど、オフでは全然一緒にいなくて、あっちゃんは寝てるし、康さんは散歩に行ってるし(笑)。それがリアルな親子の距離感なのかもしれないですけど。無理して息を合わせないというか。

:前田さんも感覚的にそれをすごくわかってはる方ですよね。あの現場ですごく覚えているのが、監督が一人でずーっと探してるんですよ、何かできることないかなって。前田さんがトイレで漫画を読みながら「トイレ!」と叫ぶ台詞は最初台本にはなかったじゃないですか。あの時監督が、「康さん、『タマ子、タマ子』って呼んで」と言ったんですよね。あのシーンは面白いなぁと。現場での創造力で生まれたものじゃないですか。ああいう瞬間が楽しくて。あの台詞でシーンが膨らんだんですよね。

山下:あのときは短編ドラマとして撮影していて、映画にするつもりはなかったので。脚本の向井と、あえてほとんど会話がないドラマにしていたこともあって、ちょっと不安だったんですよ。あまりにも隙間が多かったので、何かやらなきゃと思ったんじゃないかな。全然覚えてないですけど(笑)。

:粘ってましたよ。すごかった。

山下:あっちゃんが、「トイレ!」と叫ぶのは面白かったですよね。

:俺、『タマ子』大好きやな。あれだけ台詞がないのに、以下でも以上でもなく、必要なものが全部入ってる。でもいろんな人と喋ってみると、わかる人とわからない人がいてるんですよ。

山下:「何も起こらない」って言う人もいますよね。

:そうそう。「何も起こらん」って言う人と、「全部ある」って言う人がいる。俺は脚本を読んだときに全部入ってると思ったから。

山下:本当ですか? 俺は不安でしょうがなかったですよ(笑)。

:何稿目か以降から台本を送ってくれましたよね。全部読みながら笑ってました。毎回グッと面白くなるから。

山下:初めて聞いた。康さん、それ直接言ってくださいよ!(笑)。

:すごいですよね、『タマ子』は。

山下:俺は完成したときに、これは映画じゃないと思ってましたけどね。途中で映画にしようとなって、向井が相当頑張ってくれましたけど。尺も短いし、これで1800円取っちゃいけないんじゃないかと。出来上がって上映されていく中で、ようやく映画だと思えてきました。

:でも、最初から映画にするつもりで始めていたら、あの『タマ子』はできなかったですよ。

山下:どうしても、ちょっと力が入っちゃいますよね。

:短編を少し伸ばして映画にしよう、という中でみんなの勢いがどんどん加速していく感じがあった。最初からやと違ったと思う。

山下:時間も予算もなかったので、最初は康さんとあっちゃんだけの世界を撮るしかなかったんですよね。最後のほうは、いろんなキャラが出ていますけど。

:前田さん、どこを切ってもタマ子になってましたよね。すごいなと。

山下:アイドルグループを辞めてすぐの頃だったので、会うたびにちょっとずつ変わっていってましたよね。

:そうそう。会うたびに全然違って、楽しかったです。

山下:『タマ子』のメイキングで康さんにどういう演出をしていたのか、見返してから来ればよかったな。

:メイキング観ると、監督が何か言うたら俺、すぐやってますわ。言われたらパッと反射的にやっちゃってるところがある。

山下:そうそう。そういう癖ありますよね。康さんの芝居って、見てると楽しくなる瞬間があるんですよ。『タマ子』はあっちゃんの映画なんだけど、康さんが「夏が終わったら出てけ」とタマ子に言うときに、まさかの俺が泣きそうになるという(笑)。俺は子どもがいないけど、父親の気持ちになってしまって。康さんとはこれまで何本一緒にやったんだっけな。『リアリズムの宿』と『松ヶ根乱射事件』と『マイ・バック・ページ』と……。

:広告用の短編動画も入れたら、たぶん11本かな。

山下:それは多いですね。常連も常連だ。『味園ユニバース』なんて、4役お願いしてますからね(笑)。すみません、無茶振りで。そういえば、あのときも康さん一人で飲んでましたね。西成の宿で安い飲み屋でスタッフと5~6人で飲みに行って帰ってきたら、康さんがTシャツに短パン姿でコンビニ袋を持ってて(笑)。その姿が西成の街にものすごく馴染んでて。

:大阪時代は、あの辺に住んでたんですか?

山下:まさに新世界の端っこ、浪速警察の向かいに住んでたので、懐かしかったですね。同時期に、映画監督の今泉力哉もすごく近くに住んでいたみたいで。彼は福島出身ですけど、愛知の大学に行って、当時は大阪に住んでいたらしいです。たぶん、使ってたコンビニも一緒だったと思います。当時はお互いの存在も知らなかったですけど。

向井康介×山下敦弘コンビの掛け合い

:向井康介さんの著書『大阪芸大:破壊者は西からやってくる』(東京書籍)を読んでいて、俳優の山本剛史さんと田舎で撮った映像を、山下監督と向井さんがチェックしたときに「全然おもろないな」ってなったという話があって。

山下:8mmフィルムで撮影していたときですかね。

:二人が何がアカンかと振り返ったときに、演技をつけていないことを自覚して。それから、演技と芝居に時間をかけたという話があって。いつも仕事させてもろうてるときの姿勢の原点は、そこにあったのかとすごく腑に落ちたんです。監督と向井さんの関係性も面白い。向井さんはバタバタしてて、監督は飄々としてて。

山下:あの本でいろいろバレちゃいましたよね。学生時代の向井がいかに苦労したかという。別に身内を褒めるわけではないんですけど、僕としても向井の脚本がやっぱり一番やりやすいし、一番役者からの質問もすごく少ないんですよね。

:説明的な台詞は一切無いですよね。

山下:そうなんですけど、役者が整理するための要素は台詞に入ってるというか。役者がわからないときは俺もわからなくて一緒に考えるパターンが多いですね。

:究極ですよね。向井さんが台詞でやっていることは。

山下:『ハード・コア』は、原作があったので特殊でしたけど、役者に喜ばれるタイプの脚本ですよね。

:山下監督と向井さんが作り出す台詞って、本当にそういう喜びがある。

山下:でも、最近は向井が全部書いているので。俺は書いてないですから。

:『リアリズムの宿』のラストで、二人が部屋で寝るシーンあるじゃないですか。

山下:あの辺までです。二人で書いていたのは。

:ああいう感じで、二人でクスクスクスしながら台詞を膨らませてるのかなって。

山下:そういう掛け合いで作ったのは、あれが最後かもしれません。

:『タマ子』にはそういうところ、なかったですか?

山下:ちょっとありました。最初の秋編・冬編は二人で書いたので。春からは向井に丸投げしちゃいましたけど。こないだ向井が書いてきた短編を撮ったんですよ。若い二人の恋愛もの。僕は恋愛ものがあまりよくわからなくて、役者からも質問が来なかったので、とにかく現場でやってみたんですね。それであがりを見たら、面白くなったと気づいた。僕は全然わかってなかったけど、向井はこういう後味になることを考えて書いていたんだなと思って。そうやって、後から気づかされることも多かったりします。

:やっぱり、面白いなぁ。

康さんの働く男シリーズ

山下:康さんで何か一本撮りたいと思っていて、ジョニーウォーカーに企画を依頼されたので、短編『曇天吉日』を一緒に作ったんですよね。

:確か、震災の後でしたよね。

山下:そう、2011年の話ですね。うちの近所に、すごく傾いた木造のクリーニング屋があるんですよ。おじいちゃんがやっていて。最初はその店で撮影したかったんですけど断られてしまって、三浦まで行くことに。僕はもう、康さんがアイロンがけしているだけでいいんじゃないかと思ってて(笑)。短編だし。

:三浦の撮影場所もめっちゃよかったです。こういう店、よく探し出したなと思った。三浦だけれど、あえて海は映してなくて。

山下:楽しかったですよね。撮影は2日間くらいで、撮影が芦澤明子さんで、向井も現場にいて。康さんの「働く男シリーズ」第一弾になって、そのまま第二弾『タマ子』の企画に移行していったんですよね(笑)。クリーニング屋のオヤジから、スポーツ用品店のオヤジへ。ただ、あの撮影ですごく腹が立ったことがあったんですよ。スナックの長いシーンで康さんがすごくいい芝居をしてくれて、OKを出した後に、店の中の焼酎の柄が見えているから「差し替えられないですか?」と言われて。覚えてないですか?

:全然覚えてない。

山下:「俺、康さんにもう1回やってなんて言えないですよ」とかごねて。そこからまた康さんに3~4回やってもらって、本当に申し訳なかった。時間も押しちゃって、帰りもバタバタで。22時くらいに撮影が終わって、そのままバスに乗って帰った記憶があります。

:『カラダカルピス』メカニズム映画祭の『idle time(アイドルタイム)』を今日久しぶりに観なおしたんですけど、あれも面白かった。

山下:『idle time』も働く男ですね。CMのクリエイティブディレクターだから。大手広告代理店から独立して六本木とかに事務所を借りてるようなおしゃれな人なんだけど、ああいう喫茶店に来る、という裏設定があるんだけど、たぶん誰からも気づかれてない(笑)。働く男シリーズは今のところその3本ですね。JTのCMシリーズはもう終わっちゃったんですか?

:今、最終回です。

山下:あ!康さんが出てる!と思って。俺も以前、「ひといきつきながら」というJTのCMのオリジナル曲の短編映画を撮ったんですよ。小学校の同級生が再会する話だったんですけど。

:観ました!

山下:あの元々の企画は父親と結婚が決まった娘の話だったんです。これはもう康さんだなと考えていたら土壇場で企画が変わって、女の子同士の話になった。そうしたら、その後に康さんがJTのCMに出てたから、「何だよ! 俺が言ったのもしかして覚えてたんじゃないの」みたいな感じで。

憧れから入った演技の世界

山下:康さんは役者の世界には「憧れ」から入っていかれたんですか?

:そうそう、この人が格好いいとか。吉本新喜劇や松竹新喜劇に憧れていて、芝居をやりたいなと思って、藤山寛美さんの門を叩きに行こうとしたりとか。そんなことばかりやってたんですよね、最初の頃は。

山下:実際に門を叩いたんですか?

:うん、2週間くらい粘ったんやけどね、楽屋口で。全然出てこないのよ。後で聞いたら、彼はそこに住んでたらしくって。

山下:康さんの入り口は、まず会いに行くことなんですね。すごいな。じゃあ、市川準監督にも直接会いに行ったんですか?

:いえいえ、CMのオーディションです。それで映画にも出してもらった。

山下:阪本順治監督には?

:阪本順治監督には「会ってください」と自分から伝えました。お会いしたときに、「康さんはラッキーやで」と言われて。手紙を書いて、会ってもらえて、映画にも出させてもらったけれど。会ってもらえない監督がほとんどじゃないですかね。

山下:俺は康さんからお手紙いただいてすぐお会いしましたけどね(笑)。『どんてん生活』のコメントをもらった監督に、阪本監督と市川監督がいたんです。康さんはその二人の監督作に出演していらっしゃったので。それはすごく覚えてます。

:市川監督に観てもらいたかったですね、『タマ子』。

山下:そうですね。市川監督は、『ばかのハコ船』までは試写を観に来てくれたんですよね。配給会社から、「市川準監督が来ています」と聞いて、確か向井と二人で行って試写室の前で待ち伏せしまして(笑)。「あぁよかったよ」と言ってくれて、スッと帰られましたけど(笑)。僕が会ったのはそれが最後でしたね。

:市川監督には、「ユマニテに入れてください」って言ったことがあります(笑)。

山下:康さんがユマニテに入ってたらどうなってたんですかね。タマ子も映画のなかで履歴書を出すじゃないですか。裏設定で、送り先はユマニテだったんですよ(笑)。若い実力派の女優さんが揃っていて、女の子が憧れる事務所ですからね。康さんは、憧れの俳優さんっていらっしゃいます?

:いっぱいいますね。ジュディ・デンチさんとか。

山下:まさか女優さんが出てくるとは。

:日本にも憧れの人は限りなくいます。昨日は、杉村春子さんのドラマを探し出して観たかな。彼女の演技を見返したいと思って。テレビや映画を見ていると、やっぱり、役者の顔に惹かれてしまうんですよね。顔にね、全部出てるような気がして。『ばかのハコ船』の上映後の質疑応答を見たときに、お客さんが山下監督に「山本浩司さんのどこが好きなんですか?」と質問したの覚えてます? そのときに、監督が「この顔」と言ったんですよ。これやと思って。

山下:山本さんのシルエットが好きだったんですよね。ひょろっとしてて、手が大きいんですよ、あれがすごく好きです。

:演技にも好き嫌いがあるじゃないですか。好きなタイプの演技を見てたら、顔が好きになってくる。違うなっていう人は顔が入ってこない。だから、顔ばっかり見ちゃうんです。20代の頃も最近も、買い物に行ったりしても、いつも人ばっかり見てる。飽きないから。電車に乗っても本を読まないし、ずっと人を見てる。役者関係なく、ただ好きなんですよね。

監督が演技をすること

山下:芝居のアプローチで、俳優の演技を真似してみたりすることはあるんですか?

:昨日は杉村春子さんの作品を観たあとに、女房をつかまえて、そのシーンを真似して遊んでました。一昨日は大滝秀治さんのシーンを演ってました。そんなことやって楽しんでます。たまにですけどね、毎日じゃない。酒を飲んだらそうなります。

山下:ちなみに何の作品ですか?

:昔の日曜劇場のドラマ、倉本總さん脚本の「ばんえい」とか。40代の大滝秀治さんが出ているんですけど、演技が素晴らしくて。あとマーロン・ブランドとかロバート・デ・ニーロとか、それぞれアプローチが違って面白いですね。

山下:俺も中学のときにはデ・ニーロの真似やってました(笑)。こっそりと。しかも、誰もいないときに一人で。大人になっても、『座頭市』を観ながら飲んでいて、酔っ払ってくると勝新さんの真似とかしたりしてます。昔の俳優さんって、真似したくなるんですよね。

:やっぱりやるんや(笑)。やっちゃうよね。

山下:映画が好きだったりすると、何か近づきたくなるじゃないですか。だから最初は映画ごっこをしてましたね。映画の中に入りたいっていうのがあったから。デニーロの癖なんかをなんとなく。最近はやらなくなりましたけどね。

:山下監督に聞きたかったのが、大河ドラマ「いだてん」に役者として出ていたじゃないですか。ああいうときってどんな気持ちで演技に向かってるんですか?

山下:演出部が知り合いで台詞もないだろうと思ったから、現場を見てみたいと思ってオファーを引き受けたんですけど、全く手応えはないですよ。自分の中では全然上手くいっていないんですけど、テスト回しも含めて3~4回やって終わったので、たぶん使えるところを選んでるのだろうなと。身ぐるみ剥がされたような気分でした。

:飄々と行けるのかなと思ってました。

山下:全然。この間、初めて芝居する子役の女の子に、ずっと「相手の芝居見とくんだよ」とか格好つけて言ってたけど、自分がいざやってみると相手の芝居なんて見てる余裕ないなと。だから、出るもんじゃないですね(笑)。出たことで、役者の気持ちがわかるというのはありましたけど。

:『リアリズムの宿』のときは山下監督が演技されてましたけど、完璧でした。

山下:あの頃までは自分が出来る範囲の演出を書いてたので。

:ほかの監督の現場に行くと全然違うものですか?

山下:決められた台詞というのはあれだけ難しいんだと、毎回思います。俺が大阪芸大出身だから関西弁が使えると思われて、深夜ドラマで大阪の労働者の役を一度引き受けたことがあったんです。「俺、大阪出身じゃないんですよ」「え、そうなんですか」となって、そこからはあまり記憶がないですね(笑)。何年かに1回そういう羽目に陥るので、次は断ろうと思うんですけど、バカだから頼まれるとすぐ忘れるんです(笑)。

:どういう気分なのか聞いてみたいなといつも思ってたんですよね。

山下:やっぱり、自分も監督だから、監督が悩んでいるとわかるんです。気を遣って、「面白いです。でももうちょっと……」みたいに言われると、絶対駄目だったんじゃんいまの芝居、とか思いますし(笑)。何を求められているのかを考えると、もう脇汗ビッチョリですよ。

近年の趣味はスケートボード

山下:康さんはお休みのときは何してるんですか?

:特に何もしてないですよ。最近はね、全然映画を観たくなくて、昔の古いテレビを観てますね。あと、とりあえず体を動かしとこうとスケボーを毎日やってる。

山下:スケートやってる姿がイメージできないんですけど(笑)。

:十何センチくらいの高さのセクションにぶつかっていって、上に乗っかって滑って。危ないけど、真剣にぶつかっていくんですよ。公園でね。面白いですよ。

山下:勝手なイメージですけど、康さんはスケボーの板も自分で手作りしている感じがする(笑)。木彫りとかで。どのくらいやってるんですか?

:4年くらい前ですかね。めまいで倒れて救急車で運ばれたので、スケボーやったらめまいが治るかなと。それでやり始めて、そうしたら面白くなったんですよね。

山下:スケーターのグループにいるんですね! その方たちと会話もしますか?

:話はするんですけどね。いろんな人がいるから、ここはあかんわとか、ここは面白いとか、合う合わんがある。

山下:それプロフィールに載せたほうがいいですよ。特技、スケボーって。

:90歳まで役者やるぞみたいなね。だから体を鍛えるためにも、今はとりあえず体を動かしとこうと。

山下:本を読んだりはするんですか?

:読まないんです。仕事で映画をやらせてもらうときに、必要に迫られて読むと楽しいんですけどね。

山下:俺も、「読んで」と言われた本しか読まないですね。

:自分のお母ちゃんが俺を本好きにさせようとよく漫画を買ってきたんですけど、漫画も駄目なんです。いまだにアニメも苦手で。何があかんのか最近考えてたんですけど、アニメの表情って、嘘じゃないですか。あれがどうも生理的に無理みたいで。山下監督が実写を元にした「ロトスコープ」でアニメーションを撮ったじゃないですか、豊島区の。

山下:「東アジア文化都市2019豊島」のプロモーション映像、観てくださったんですね。

:ああいうのは観れるんです。人の顔、表情の反応が嘘やったらもうあかん。山下監督が撮ったアニメは、人間が演じてるから。

山下:俺もそれはちょっとわかる気がします。喰わず嫌いというのもあるんですが、すぐ飽きちゃうんですよね。

:なぜか反応がグッと来ない。生身の場合は、反応がちゃんとあるというか。

山下:生身の人間が演じてても嘘っぽいものもありますけど(笑)、特に物語がなくても表情だけで面白いときもありますからね。今またあのシリーズをやっていますが、アニメって常に動いてないといけないみたいで。止まると静止画になってしまうので。でも、日常だと人が動いてない瞬間もあるじゃないですか。実写だと動いてなくてもちゃんとした画として成立する。

:そうなんですよね。

山下:康さんは、ジブリも好きじゃないんですか?

:一応、観ています。僕は高畑勲さんが好きなんですよ。あの人の顔が好き。高畑さんがドキュメンタリーに出てると、この人いいわぁと思うし、『かぐや姫』もよかった。

「もう1回」は止めました。

山下:ほかにはどんなものを観ていらっしゃいます?

:韓流映画やドラマは、だいたい観てるかな。エンターテインメント系じゃないほうが好きですね。この人はこの映画やこのドラマに出てたなというふうにわかってくると飽きてきちゃって。それで、ヨーロッパ作品にいくと、知らない俳優さんや脇役がたくさんいて、でも観続けるとまたわかってきてしまって知らないところを探しての繰り返しです。その国の映画界やドラマ界が見えてくると冷めてしまう。知らないときが一番楽しいですよね。

山下:前の作品の役がチラついたりするのは邪魔ですもんね。

:でもジャ・ジャンクー作品は何回観ても冷めない。『山河ノスタルジア』のメイクをやった橋本申二さんと仕事をしたときに、最初の主役の3人が交わるシーンは、37回撮ったと聞いて。うわー!と思って。

山下:そうは見えないですよね。でも、確かに長いシーンなんですよね。きっとそれは、初日の最初のシーンだけ何度もやるってことなんでしょうね。それで一回役者を壊すみたいな。

:そうそう。李相日監督も、『許されざる者』の初日に佐藤浩市さんに15~16テイクやらせたと聞いた。

山下:そういうやり方を俺が真似すると失敗する(笑)。真似できないですけど、初日はそれくらいしてもいいとは思います。

:山下監督は追い詰めないですよね。

山下:監督って、「もう1回」って言えるんですよ。そういう演出もあるけれど、俺は言えなくて。違う方法でストレスは与えているとは思いますけど。実は、『天然コケッコー』のときに、理由を言わないで「もう1回」と言う演出を夏帆さんに対してやってみたことがあるんです。そうしたら、お腹がどんどん痛くなってきて(笑)。俳優だけじゃなくて、スタッフやプロデューサーからの「ケツがあるんだからさ」みたいなプレッシャーがあって、「もう1回」って言ってたら、胃が持たなかったんですよね。それで止めました、「もう1回」は。

:山下監督の場合は引き出していきますもんね。「もうちょっとこっち」とか「こういう感じ」とか。

山下:たぶん演出の仕方って、相手によって変わるんですよ。いろんな俳優がいるし、いろんな関係性がありますしね。

:山下監督は、お芝居と登場人物のキャラクターをすごくよく見てくれるし、大事にされていますよね。僕の場合、見方が偏っていてストーリーはそんなに入ってこない。役者、演技、顔ばかり見ちゃうんです。でも、やっぱり山下監督はどんだけ演技を見てくれてんねんと。作品は演技をさせてナンボのもんやという考えが山下監督にはあるんじゃないかな。そこが面白いなといつも思います。

山下:でも、『ハード・コア』の撮影のときはあまりに疲れてて、本番中に目をつぶったままの状態で「はいOK!」と言ったらしいですけどね。「見てねぇじゃないか」っていう(笑)。康さんとは、毎回ベッタリというわけではないその関係性も含めて、距離感も演出のやり方も昔から変わらないので、安心感と信頼感がすごくあって。僕自身、この10年くらいでだいぶブレたので(笑)、それを元に戻してくれるみたいな。康さんを演出したり一緒に映画を作っているときが一番自分がシンプルだなというか、初心にかえれる気がします。

:誰にも知られてなかった頃に呼んでくれて映画に出してもらってから、現場で役者の仲間から声を掛けられるようになった。山下監督が何回か使ってくれている中で、自然とやりにくかったことがやりやすくなっていく感じがありました。向井さんと山下監督のおかげ、という思いがずっとある。

山下:康さんがほかの監督の映画で主演してたら嫉妬するかもな(笑)。「お手並み拝見」みたいな気持ちで見てしまいそうです。



【プロフィール】

康すおん
1959年大阪府生まれ。20歳頃に突如芝居に生きることに決め、舞台や実験即興などのパフォーマンスを行なっていた。40歳の時に『金融腐蝕列島(呪縛)』(99/原田眞人監督)でスクリーンデビュー。主な出演作は、『新・仁義なき戦い。』(00/阪本順治監督)、『東京マリーゴールド』(01/市川準監督)、『HAZAN』(04/五十嵐匠監督)、『ひと夏のファンタジア』(16/チャン・ゴンジェ監督)、『永い言い訳』(16/西川美和監督)、『武曲 MUKOKU』(17/熊切和嘉監督)など。『ソワレ』(20/外山文治監督)が公開中。2021年には『ヤクザと家族 The Family』(藤井道人監督)が公開予定。『リアリズムの宿』(04)にはじまり、「キズナドラマ」(05)、『松ヶ根乱射事件』(07)、『マイ・バック・ページ』(11)、「曇天吉日」(12)、『もらとりあむタマ子』(13)、『味園ユニバース』(15)、『ハード・コア』(18)など数多く出演している山下監督作品常連俳優。

山下敦弘

1976年生まれ、愛知県出身。大阪芸術大学卒。『どんてん生活』(99)、 『ばかのハコ船』(03)、『リアリズムの宿』(04)と“ダメ男三部作”を手がけ内外で評価を受ける。05年『リンダ リンダ リンダ』が大ヒット、続く『天然コケッコー』(07)では第32回報知映画賞監督賞、第62回毎日映画コンクール日本映画優秀賞をはじめ数々の賞を受賞。その他監督作品に 『松ヶ根乱射事件』(07)、『マイ・バック・ページ』(11)、『苦役列車』『BUNGO/握った手』(12) 、『もらとりあむタマ子』「午前3時の無法地帯」(13)、 『超能力研究部の3人』(14)、『味園ユニバース』(15)、 『オーバー・フェンス』『ぼくのおじさん』(16)、「山田孝之のカンヌ映画祭」(17)等。最新作はアニメクリエイター久野遥子とのコラボによる「東アジア文化都市2019豊島」の短編作品(ロトスコープアニメ)、その実写監督を務めた。作家性と娯楽性をミックスさせた作風で常に話題を呼び続けている。