第六回特別インタビュー 又吉直樹(ピース)

第六回特別インタビューのインタビュアーは、又吉直樹(ピース)氏とNSC(吉本総合芸能学院)卒業以降19年来のお付き合いの五明拓弥(グランジ)氏。新型コロナウイルス感染症の影響によりオンライン上にて、気が置けない先輩と後輩の関係であるお二人に本音を語り合って頂きました。

一緒に語り合いたい映画

五明:どうぞ今日はよろしくお願いします。

又吉:お願いします。

五明:僕、インタビュアーやるのって初めてなんですよ。よくインタビューのときって差し入れを持ってくるじゃないですか。とりあえず持ってきてみました。

又吉:え?何?

五明:これ喜ぶと思いますよ~又吉さん!ウミネコカレー(※編集註 幡ヶ谷にあるカレーの名店)の冷凍です!

又吉:うわ!ウミネコカレーの冷凍やん! 

五明:冷凍が出たんですよ~。3パックご用意したんであとでお送りします!

又吉:お~ありがとう~。うれしいうれしい。

五明:最近は何してるんですか?

又吉:最近は時間があるから、とにかく本を読んだり、映画を観たりしてる。

五明:やることといったら、それしかないですよね。

又吉:人生で一番映画を観てるかな。いつか観ないと、と思いながら観てなかった作品を中心に観てる。『スター・ウォーズ』も4・5・6とエピソード1まで見て。『ゴッドファーザー』も全部観た。

五明:面白かったですか?

又吉:めっちゃ面白い。『ゴッドファーザー』は長いって聞いてたから、なかなか観る勇気なかってんけど、やっぱりめちゃくちゃ面白かった。

五明:『ゴッドファーザー』って、あの有名な?

又吉:ははは。そうそう、マフィアの。

五明:こんなことを取材で言うのもあれなんですけど、又吉さんが面白いって言う映画は、俺とは合わないからなあ。

又吉:そんなことないやろ(笑)。

五明:すみません。『ジョーカー』の一件があるので。

又吉:ははは。『ジョーカー』は、めちゃくちゃ面白いよ。

五明:又吉さん、「『ジョーカー』面白いわ~。2回観に行ったわ~」って言ってたじゃないですか。まわりも皆面白いって言ってて。そこで俺が「全然面白くなかったです」って言ったら、皆にすごく笑われて。あれ結構傷ついたんですよ。

又吉:いやいや。面白いって思わんかった人もきっといるはず。感想は人それぞれやもん。

五明:代わりと言ってはなんですけど、俺の一番好きな映画、『ザ・ロック』。これは絶対に観て下さい。

又吉:わかった。

五明:なんでちょっと笑ってるんですか?

又吉:誰が出てくるの?

五明:ニコラス・ケイジです。爆発があったり撃ち合いもあって、超楽しいですよ。

又吉:ははは。なるほどなるほど。俺そういうのも好きやで。

五明:又吉さん、この休みで色々と映画を観ているじゃないですか、一番面白かったのは何ですか?

又吉:今の自分の状況もあると思うんやけど、一番面白かったのは、『恋恋風塵』という台湾の映画。すごく面白かった。

五明:どんな映画なんですか?

又吉:俺が書いた『劇場』という小説が、行定(勲)監督で映画になるねん。その行定監督から「絶対好きだと思いますよ」と勧められて、ずっと気になっていて。観てみたら、めちゃくちゃ面白かった。2回観た。1回観て、その後すぐにもう1回観た。

五明:『ジョーカー』のときも同じこと言ってましたよ。

又吉:ははは。俺『ジョーカー』も二日連続で観たから。

五明:『恋恋風塵』、俺も観てみます。

又吉:台湾の田舎に住んでいる学生さんが街に引っ越すのよ。そこで仕事をしたり、恋愛をしたり。日本にも、上京した地方出身者が仕事に馴染めなかったり、新しい人に出会ったり、地元から一緒に出てきた人との関係性があったり、実家に家族がいたりという構図はあるやん。それとすごく似てる。だからものすごくイメージしやすいし、見やすいというのもあって。

五明:へ~!

又吉:“すごいことがあった次の日の午前中”みたいな、「ギリギリ覚えてる」感じというか。そういう風景を繋いでいっている感じがする。わざとだと思うんやけど、ここなんなんやろう?というカットがすごく多い。

五明:そうなんですね。

又吉:映画とか物語って、人間のすべての時間をそのまま描くのは無理やん。だから印象的な場面とか重要な場面を繋いで一つの物語にして、その人の人生とか特別な時間を見せるわけでさ。

五明:はい。

又吉:繋いだシーンがあまりにもメインどころばっかりやと、自分の人生とどんどんかけ離れていって、“誰かの話としては”面白いみたいな見方になるというか。スーパースターとか選ばれし者の活躍を見られるのが面白いというか。

五明:そうですね。

又吉:そういう映画とは少し違って。『恋恋風塵』は、家で一人で観てたんやけど何回も声出てもうた。「お~」とか「いいね~」とか。自分は独り言が多めの人間なんやということも最近映画を観ていて発見したな。村でおじさん達がどうでもいいことを喋っているシーンとか、それ何回やんねん?みたいな所がいっぱいあるんやけど。

五明:伏線になってるとかいうわけでもなく?

又吉:そういうわけでもなくて、あまりにも日常。ほんまのリアルな野性の日常を引っ張り出してきたみたいな。例えば俺らが「リアルな日常を見つけてこい」と言われたら、家で彼女とコーヒーを飲んでいるとか、ニュースを見ながら1人でコーヒーを飲んでいるだとか、そういうのになりそうやんか。でも、ほんまの……なんでそこを切り取ったん?みたいな。ただその場面がめっちゃ愛しい。そういうものばかりが詰まっていて、俺にとっては無駄がない映画に思えて。五明と一緒に観ながら喋りたいぐらい。「ここが~」とか言いたい。

五明:ZOOMでできないですかね。

又吉:そうやな。今やったら、できるんかもな。でも『恋恋風塵』は、展開がばんばんあるとか、そんな作品でもないんよ。

五明:あの、僕の大好きな大爆発はありますか?

又吉:大爆発はないよ(笑)

五明:撃ち合いとかも?

又吉:撃ち合いとかもない(笑)。そういう映画ではない。俺が昔からよく使う例えで、夏の公園で泣きながら別れ話をしているカップルが、二人ともずっと足を蚊に刺されていて、会話なんか関係なくパンパン太ももを叩いているみたいな。

五明:ははは!(笑)。

又吉:感情と身体的な生理が一致してへんというか。一番重要なテーマとそれ以外で起こっている現象がズレてる。普通やったら物語の構成上排除するよねというところを、ちゃんと入れているのが好き。

五明:なるほど。

又吉:行定監督に勧められてその映画を観て、ハマって。最近いろんなところで『恋恋風塵』が面白いと言ってるから、ここで紹介するのはちょっと恥ずかしいねんけど(笑)。

五明:あはは。でも今は人のオススメを聞いたりする楽しみ方しかないですよね。

又吉:そうやな。

俺は正直、あんまり寂しさを感じない人間なんやなって(又吉)

五明:俺、ずっと家にいて初めて気が付いた事があるんです。お酒をあんなに毎日飲んでたのに、実は別に好きじゃないんだって。俺、仕事終わりのお酒が好きだったんです。だから全然飲まなくなりました。

又吉:お酒って、緊張とか興奮を和らげるやん。お笑いの仕事は緊張したり、気分も高まるから、やっぱりそのあとに飲むお酒は美味しい。それはすごくわかる。

五明:美味しいですよね。又吉さんはコロナで仕事が急に休みになったりして、初めて気が付いたこととかありますか?俺だったらお酒ですけど。

又吉:俺は正直、あんまり寂しさを感じない人間なんやなって、改めて感じた。

五明:誰にも会えなくても寂しくないんですか?

又吉:うん。昔からやけど。学生時代とかも長い休みの後、学校に行くのがすごく苦手やってん。新学年のクラス替えのあとに、ゴールデンウィーク挟むやん。1ヶ月くらい積み上げてきた関係がこれでゼロになる、またイチからやり直しやん、とずっと思っていて。だから春とか新しい環境にいくのはすごく苦手。

五明:あはは!(笑)。

又吉:でも、この仕事をする上では直さなあかんところというか。だから特にここ10年ぐらいは、いろんな人と喋ったりしてる。いろんなことを知れるからやっぱり面白い。今はこの休みで人と会ってないからさ、また通常に戻って、仕事に行ったり、人と会うのがすごく怖い(笑)。

五明:久しぶりに会ったらよそよそしいとかやめてくださいよ。

又吉:昨日も児玉(サルゴリラ)と向井(パンサー)と3人でZOOMで喋っててんけど、普段より俺、黙ってる時間が長かったもん。

五明:あはは!(笑)。せっかくのインタビューだし、あんまりこういう機会もないから聞いてみますけど。又吉さんにも悩み事ってあるんですか?

又吉:悩み事? 

五明:1年下の後輩の俺から見て、又吉さんにも悩み事とかあるのかなって。

又吉:いっぱいあるよ。

五明:え?なんですか?

又吉:不安かな。不安。

五明:このパソコン画面からは素晴らしい書斎が見えるし、もう、手に入れるものは手に入れてるんじゃないですか。

又吉:全然そんなことないよ。さっきも言ったけど、こういう風に長い休みがあったあとに、今まで通りに戻れるかどうか、というのが今の一番の不安。

五明:対人関係がですか?

又吉:対人関係もそうやし、仕事の感じも。なんかこう……初期化されたという気がする。今、養成所(NSC)に通ってた18歳とか19歳の頃と同じぐらい時間があるやん。

五明:そうだ!この時間の持て余し方はNSC生のときの感じですね!何もやることがない。

又吉:「ウイニングイレブン」だけ、めちゃくちゃ上手くなっていくみたいなときあったやん。世界大会に出ても上位50位の中にNSC生がめっちゃ入るんちゃうか、みたいな時代。

五明:ありましたね。

又吉:あの感じに近い。

五明:でも又吉さんの場合、逆にこういうときこそ書けたりするんじゃないですか?

又吉:それはな。書く仕事はやってるよ。

五明:次の作品だったりを、書いたり考えたりしてるんですか?

又吉:うん。考えることは常にあるし、書いたりするのもあるから、それをやっているというのはあるかな。ただ、今までは両輪で、芸人活動もしながら書き仕事をしていたものが、片方だけになると、時間がありすぎていつやればいいかわからんところもある。もともと自分が器用じゃない人間やったということを本当の意味で思い出した。

五明:充分、器用ですけどね。普段話していて、意外とこういう疑問を聞く機会ってないじゃないですか。新鮮です。

又吉:そうやな。

ターニングポイントに居た三人

五明:又吉さんは今までいろんな人と会ってきたと思うんですけど。その中で印象的だったり、衝撃的だった人はいますか?芸人以外でも。

又吉:いっぱいいる。

五明:この人やばいなあって人は?

又吉:やばいって、凄すぎるみたいなこと?

五明:そうです。めちゃくちゃ聞きたいです。

又吉:作家の西加奈子さん。作家さんには面白い人が多いけど、西さんと初めて会ったときは、こんな人いてんねやと思った。

五明:『東京百景』にも書かれてるやつですか?

又吉:そうそう。はじめて「太宰ナイト」というライブをやる時に、最初のゲストにオファーして、せきしろさんと一緒に新宿の居酒屋で初めてお会いした。西さんに「わたしはこう思う」みたいな太宰(治)の話を沢山お話して頂いたんやけど、途中から俺、怒られてる感じになってきて。自分が勝手に。

五明:ははは!(笑)。

又吉:作家さんがこんなに真剣に太宰(治)について考えてんのに、軽はずみに芸人が話したらあかんのちゃうかなみたいな。それで「ありがとうございました。本番までに僕ももう一度しっかり勉強し直してきます」と言ったら、西さんが「じゃあ、私は出してもらえるんですか?」と仰って。オーディションの感じでめっちゃ喋ってくれてたっていう。

五明:そうなんですね。

又吉:その時に、こんな一介の若手芸人に対しても謙虚になれるというのはすごいと思った。

五明:そのときの又吉さんは、テレビにも結構出ていた感じですか?

又吉:全然出てないよ。

五明:西さんはすでに作家さんとして有名だったんですよね?

又吉:うん。デビューされて、4作目か5作目ぐらいを書かれてた頃かな。西さんの書く小説も勿論好きやねんけど、人柄としても謙虚。俺の経験上、すごい人はみんなそうやねん。

五明:僕も「太宰ナイト」に出演させていただいて。その時に西(加奈子)さんとお話させて頂いたんですけど、内側から光ってましたね。

又吉:わかる。

五明:声とか表情とかキラキラしていて。本当に魅力的な方です。

又吉:やっぱり『東京百景』に書いたメンバーになるんやけど、西さんとせきしろさんがいなければ、本を書いてない可能性もあるから。

五明:あの頃の又吉さん覚えてますもん。まだ無限大(ヨシモト∞ホール)でライブを精力的にやっている頃に「五明、ちょっと自由律できたから聞いてや」と言って、黒いパカパカのガラケーにみっしり文章が書いてあるのを見せてくれて。渋谷のセンター街を歩きながら「これどう思う?」「いいっすね!」というやりとりをたくさんしたのを覚えてます。ちょうどあの頃ですもんね。

又吉:そうそう。ライブばっかり出てた頃。

五明:その頃の出会いが今に繋がっている感じですか?

又吉:繋がってるし、あの時に本(『カキフライが無いから来なかった』(せきしろ(著)×又吉直樹(著))を出せたことで、いろんな人が書くという仕事に声をかけてくれるようになっていった。それが大きな転機。自分としても、せきしろさんに声をかけてもらえたということが自信にも繋がっていったし、そのおかげで書く方だけじゃなくて、お笑いの方も勇気が出るやん。それはあった。

五明:出会う前から、せきしろさんのことはご存知だったんですか?

又吉:もちろん。大喜利とかも拝見してたし、本も読んでた。すっごい面白い人やなあと思ってた。

五明:ターニングポイントは、せきしろさんと西(加奈子)さん。

又吉:もう1人、その前からお世話になっているのが、小説家の中村文則さん。

五明:『東京百景』に出てくるメンバーですね、皆さん。

又吉:だって『東京百景』は俺のこと書いてるんやもん(笑)。中村さんはほんまに俺が一方的にファンで、ずっと中村さんの小説を読んでてん。お会いする機会ができてからは、ネタ番組で鬼のようにスベったときにも同業者の先輩に相談できないから、中村さんに「めちゃめちゃスベったんですけど」と相談してた。

五明:ははは!(笑)。中村さんはなんて答えてくださるんですか?

又吉:「大丈夫だよ」って。

五明:ははは!(笑)。

又吉:いろんな言葉で励ましてくれて、優しかった。

五明:優しいですね。スベったとき、こっちは傷ついてるから、かけてくれる言葉はなんでもうれしいですもんね(笑)。

又吉:そうやな。その三人が、年齢も近くてめちゃめちゃお世話になった、尊敬している三人。一番優しくもあるけど、正直一番怖い三人でもある。自分の作ったものが見られるときに一番緊張するというか。三人それぞれの作品がすごいから。

五明:毎回お三方に感想は聞くんですか?

又吉:聞くのが怖いから自分からは聞かへん。たまに感想をくださるけど、基本的には優しい言葉をかけてくれる。でも、一つだけ「ここはこう思った」とか言われたりするやん。

五明:はい。

又吉:その一つがすごく重要なんやろうなと思いながらいつも聞いてる。その言葉から勝手に先輩の優しさを抜いて、核心部分の濃度だけを高めて、傷つきながら受け止めている。

五明:なるほど。又吉さんもライブが終わった後に「おもろかったで」と言ってくれるじゃないですか。それを聞いた後輩が、ほんとかな?と思うのと一緒ですね。

又吉:ははは。

五明:「大丈夫やで。でもあそこ、もうちょいな……」というやつ。

又吉:そうそうそう。そうか、俺もそんなこと言ってるんやな(笑)。

五明:そうですね。非常に勉強になりますけど。

又吉:でも俺の場合は自分のことも含めて言ってる気がするな。自分ができてないから。

文庫版『東京百景』で加わった一景

五明:文庫本になった『東京百景』改めて読ませてもらいました。

又吉:そうなんや。ありがとう。

五明:歌舞伎町のエピソードで、僕の話を出してくれてるじゃないですか。あれ、前に出た『東京百景』の時から僕の身長1センチ変えてます?

又吉:1センチ変えたよ。

五明:すごくないですか?びっくりしたんですよ。俺35歳で身長が1センチ伸びたんですけど、まさかそこが変わっているとは思っていなくて。

又吉:あはは。でもそこを変えるかどうか、すごく悩んだよ。

五明:当時の僕の話ですもんね。

又吉:だから188センチのままでいいと思ってんねんけど、ゲラが出てきたときに「プロフィール上189センチになってますが」と校正から。

五明:ご指摘があったんですね(笑)。

又吉:そう(笑)。で、打ち上げのときかな、改めて五明に確認した。酔っぱらってる五明に、「身長伸びた?」って。

五明:なんとなく覚えています。

又吉:そのときに、あ、やっぱり伸びてたんやと思って。それで今の身長に合わせようかな~と。

五明:ありがとうございます。すごくびっくりしました。

又吉:さすが。よく気付いたな。

五明:そりゃ気付きますよ。自分のことですから。文庫本になって、最後に綾部さんのエピソードが入った感じですか?

又吉:そうそう。

五明:芸人から見ても、ピースさんの二人って普段のやりとりが見えないんですよ。どういう会話をしてるんだろうとか。劇場でも、ピースさんがネタ合わせをしているところは、ほとんど見たことがない。だからコンビ組みたての頃に、綾部さんとふざけ合ってたって書いてあっても信じられなくて。

又吉:ははは。いや、もともと友達やから。

五明:友達だったとしても、二人にもこんな時代があったんだというのがすごく衝撃だったんですよね。

又吉:ああ、そうか。でも、今はそのときの雰囲気に近くなってるよ。今というか、(綾部が)ニューヨークに行くと決まってからかな。

五明:どうして綾部さんのことを書こうと思ったんですか?

又吉:文庫になる時にもう一景足すことになったんやけど、できているものに“足す”というのはかなり難しくて。あの頃より、もっとおじさんになって冷めた今の自分の視点を入れるのも嫌やったから、当時と同じくらいの熱量を持って真剣に書きたいなと思ってん。単行本を出したあとの自分が見たいろんな風景とか、なんぼでもあるんやけど。でも足すなら『東京百景』の頃のことを書きたいな、と思って。書き残したことも別にない、書くんやったら敢えて書かないようにしていた、そこかなと。

五明:なるほど。ほんとにめちゃくちゃよかったです。

又吉:ありがとう。

五明:たくさん共感するところもありました。すごく刺さったのは「コンビに対してすごいロマンを抱いてた」と書いてたところがあるじゃないですか。うわ!わかるわ~これ、って。相方が「SCHOOL OF LOCK!」(TOKYO FM/JFN38局)をやり始めた当初の気持ちをすごく思い出しました。

又吉:ははは。どのコンビにもあることやもんな。

五明:でも又吉さんは、若手の頃に欲しかったものは大体手に入ったでしょう?

又吉:そんなことないって。全然手に入れてなんかない(笑)。

五明:でも、僕は昔から見てますから。小さいアパートに住んでて、漫画喫茶のシャワー室から出てくる又吉さんとか。今じゃもう天井までオシャレな書斎で。

又吉:天井はそんなに重要じゃないから(笑)。

五明:素敵な住居も手に入れた又吉さんにとって、昔と比べたら何不自由のない生活なわけじゃないですか。

又吉:うーん。まあ昔の自分は、もしかしたら、こういう生活が出来たらいいなあと思っていたかもしれへんな。

五明:今、執筆業とかもやられてますけど、それでもお笑いに対する思いは今も昔もずっと変わらないですか?

又吉:でも一番はやっぱりお笑いかな。仕事としてというよりも、お笑いを作って発表する事が好きやから。そういう事をやってる時が一番好き。それは環境も大きいな。昔は、みんなが出る寄席とか、大勢が出るライブには出れても、ソロとか、4、5人で集まって企画ライブをやるのはかなりハードルの高い事やったから。今はそれが自由にできる環境だということが、すごく有難い事やなあとはいつも思ってる。

五明:「実験の夜」だったり「絶景雑技団」だったり?

又吉:五明にも出てもらった朗読会もやらせてもらってるし。

五明:ありがとうございます。

又吉:若手の頃はできんかったやん。11年前に初めやった「太宰ナイト」はせきしろさんが全部やってくれた。自分でこのライブがやりたいと思っても実現させることなんて、当時の俺たちにはできへんかった。

五明:会場の確保だけじゃなくて、もろもろの準備もせきしろさんがやってくれたんですか?

又吉:メンバーの人選も全部そう。山ちゃん(山里亮太)をMCに、ゲストに西(加奈子)さんを提案してくれて、実際に会わせてくれたのも、せきしろさん。

五明:いい人との出会いって、本当にでかいですね。

又吉:うん。そういうのが今は自由にできる。楽しそうなことはなんでも挑戦したいけど、そもそもお笑いをやるために東京で暮らしてるからな。悪気なく誉め言葉として「もう作家だね、文化人だね」とか言うてくれる人がいて、「頑張ってるなあ」というニュアンスで言うてくれる時は、話しの流れとか言い方で大体わかるし、有難いことやねんけど、「文化人」に憧れてる人なんて文化人の中にもいてないと思うねん。だから、「文化人」と言われても、「おっ、朝からごはんおかわりなんて元気やね!」って言われた時くらい、なんとも思わへんし、恥ずかしいだけ。基本的にやりたいことは我慢せずなんでもやるけど、当然のように変わらずお笑いが好きやな。

五明:お笑いがコアにあって、そのまわりに執筆だったりがある。

又吉:そうやな。でも矛盾するようやけど、コントとか漫才、小説、エッセイというのはあくまで手段なだけで、全部同じくらい大事は大事。面白いことを考えて、それを発表したいという欲求みたいなものが根本にあるから、あんまり仕事という感じはしてないけど。

五明:日常ということですか?

又吉:そうやな。日常やなあ。

五明:又吉さんって、いつもわりと冷静じゃないですか。我を忘れてバカになるときはあるんですか?

又吉:ライブ中とかそういうときあるよな?

五明:ライブ中?

又吉:そう。ライブ中に方向性が見えたときとか、「あっ!これ気持ちいい」と思ったときとか、なんにも考えてないときはある。

五明:そこに向かって突っ走っているみたいな。

又吉:そうそう。昔「おのれ」ってライブをやってたやん、五明と。

五明:やってましたね~。

又吉:あのときもなんにも考えてなかった。

五明:特に1分間のモノボケゾーンでは、目がバキバキでしたもんね、又吉さん。

又吉:ははは。

五明:僕もやりたいのにモノボケの小道具も全然渡してくれないし。

又吉:人の順番抜かしてまでモノボケやってたもんな。

五明:そうですね(笑)。昨日改めて思い返してみたんですけど。「おのれ」は僕の芸人人生の中でほんとに大きなものだったなと思って。4人でやってたじゃないですか。僕と又吉さんと犬の心の池谷さんと元カナリアの安達さんと。

又吉:そうやな。

五明:又吉さんに言ったことがないんですけど、あの頃、俺の中で裏テーマがあって。

又吉:なに?

五明:「又吉さんに絶対勝つ」です。あれ、ネタをやると個人それぞれに点数がつくんですよね。

又吉:うん。

五明:その点数で又吉さんに勝ったときはすごく嬉しくてお酒をいっぱい飲んだし、負けたときはすごく悔しかったんです。

又吉:へー。いいなあ。大事やんな、そういうの。

五明:又吉さんの仕事が忙しくなってきて「おのれ」に出られなくなったじゃないですか。それで俺も楽しくなくなっちゃったんですよ。

又吉:最初の4人でやってたときのほうが緊張感があったんかもしれへんな。

五明:又吉さんが抜けて、お客さんも減っていって、何か変えなきゃいけないよねとなって、名前が「Party」になりましたからね。

又吉:だいぶ方向性変えたな(笑)。

五明:あはは(笑)。

又吉:だから、ライブもそうやし、サッカーをやっているときとかはバカになってるというか。俯瞰じゃなくなって夢中になっているときかもしれへんなあ。

五明:そうなんですね。

40代、やりたいことを全部やりたい

五明:又吉さんも来年で40歳じゃないですか。

又吉:今年よ。6月で。

五明:おお!おめでとうございます。40歳ですか。

又吉:まだだよ。6月よ。

五明:すいません、6月に会えないかもしれないので先に言っておきます(笑)。40歳ってなんだか人生のターニングポイントな気がしませんか?どんな40代にしたいですか?

又吉:やりたいことを後悔せずに全部やっていきたいと思う。思いついたことでも、俺はどこか人に遠慮するところがあるから。自分の一番あかんところやねんけど。わざと負けたりするところが子どもの頃からあったのよ。なんていうか……ここで俺が一番になったら、「お前じゃねえんだよ」と思われるかなとか。マラソン大会でも、もうちょっと頑張ったら勝てたのに、先輩を抜かされへんから力を抜いて同時1位になったりだとか。それをあとから怒られたりしたこともある。

五明:怒られたんですか?

又吉:他の先輩にな。「なんでもうちょいいかんかってん!」って。「僕が1位なったらなんか違うかなと思って」と言ったら、「お前それ、逆にむちゃくちゃ失礼なことしてんねんぞ」ってすごく怒られた。そこから、そういう事はできるだけしないようにはしてる。でも楽屋で誰かが遊びのクイズを出した時でさえ、いまだに怖くて正解わかっても答えられへん。だけど、もう自分のやりたいことはちゃんとやっていかなあかんよなって、最近はそんな風に思うようになってきてる。

五明:次にやりたいと思っていることは何かあったりしますか?

又吉:次にやりたいことね。そうやな……。例えばお酒造れるようになりたいなとか。

五明:え、お酒?カクテル的な?それとも元からですか?

又吉:どっちでもいい。カレーとかでもいいな。というのも、19歳から今までの20年間くらい、コントを作ったり、エッセイや小説を書いたりしてきたやん。俺とお客さんの間には、常に自分の作品が絶対にあるねんな。でも、飲み物とか食べ物やったら直接相手の内部に入っていけるというさ。中から直接身体に影響を及ぼせるというのが、すごく魅力的やなと思って。

五明:なるほど(笑)。又吉さんらしい。

又吉:“美味しい”というのはすごいなと思って。

五明:カレーはめちゃくちゃいいかもしれないですね。又吉さんカレー好きだし。

又吉:あと建築も好き。作ったりするのは無理やし、自分に何ができるのかわからんけど、わくわくする。小金井公園にある江戸東京たてもの園には昔から何度も行ってるし、引っ越しも東京に来てから10回ぐらいしてて、物件を見るのもすごく好き。今もお風呂に入りながら、いろんな場所の建物を想像したり、引っ越す予定もないのに物件情報を見たりしてる。

五明:楽しいですよね。間取りを見たりするの。

又吉:すごく興味があってわくわくするのはそういうことかな。

五明:いいですね。こんな時期だし、僕も大喜利の配信とかやってみたいです。

又吉:自分で考えて色々と動いていかなあかんねやろな。

五明:ほんとですね。逆に今は動くための時間もあるし、チャンスかもしれないと思います。

又吉:そうやな。

五明:頑張りましょうね。

又吉:頑張ろうな。

又吉直樹(ピース)
1980年大阪府寝屋川市生まれ。吉本興業所属の芸人。お笑いコンビ「ピース」として活動中。
2015年に本格的な小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。同作は累計発行部数300万部以上のベストセラー。
2017年には初の恋愛小説となる『劇場』を発表。
最新刊に、初めての新聞連載作『人間』がある。
他の著書に『東京百景』『第2図書係補佐』などがある。

五明拓弥(グランジ)
1981年千葉県出身。2005年に遠山大輔、大と共にお笑いトリオ「グランジ」を結成。各ライブ・舞台へ出演中。
個人としては、bayfm「MOZAIKU NIGHT MONDAY」(毎週月25:00‐29:00生放送)パーソナリティを担当。
近年は広告やラジオCM制作にも力を入れており、第45回フジサンケイグループ広告大賞最優秀賞はじめ、各広告賞を受賞。
広告界の各著名人との対談を集めた自身初の著書「全米は、泣かない。」(あさ出版)発売中。