第二十五回特別インタビュー 北原里英(女優)

『30歳で大きく変わった人生。思いもよらぬ変化も、学び、楽しむ。』

AKB48グループを卒業して、3年。今年30歳を迎え、先日結婚も発表するなど大きな転機を迎える女優・北原里英。白石和彌監督や小林勇貴監督など骨太な作品にも果敢に出演し、全編中国語・中国ロケで行われた日中合作映画『安魂』にも出演をしている。30歳を迎え、大きく人生が変わったという彼女。卒業後のキャリアをどのように歩み、現在をどう楽しんでいるのだろうか。

人生が変わるくらい、濃厚で大変な時間だった。

──日中合作映画『安魂』は、ベルリン国際映画祭金熊賞受賞を受賞した『香魂女-湖に生きる』の原作者でもある、中国の作家・周大新(チョウ・ターシン)の同名小説を映画化したもので、父と子のヒューマンドラマが胸打つ作品でした。日本人留学生役として出演された北原さん以外、全キャスト中国の方。さらに、全編中国語のセリフという、非常に大変な現場だったのではないかと思います。中国語はもともと?

北原里英(以下、北原):いえいえ、「你好」と「謝謝」くらいしかわからないレベルで(笑)。準備できる期間が1ヶ月くらいで、他の作品にも入っていたんです。なので、急いで中国語教室に通って、撮影の合間にもずっと中国語の勉強をして、中国の現場に向かいました。撮影期間は2週間くらいと短かったんですけど、人生が大きく変わるきっかけになるくらい、濃厚な時間でした。

──中国に行く前は、怖くなかったですか?

北原:怖かったし不安だったんですけど、ワクワクの方が大きかったです。中国語の台詞はかなり練習しましたし、「行けばなんとかなる!」みたいな前向きな気持ちでした。だけど、撮影の仕方が全然違うことに慣れなくて。たとえばほとんどのシーンがアフレコなので、芝居を終えて部屋で声だけ撮るんですけど、それがすっごく苦しくて、何度も泣いてしまいました。

──そうとは思えないくらい、北原さんの中国語は完璧でした。

北原:私も、時間が経って、改めて最近見返したら「意外と喋れている!」と少し感動しました。中国語教室の先生たちもすごく褒めてくれて、単純なので嬉しくて(笑)。帰ってきてからも中国語は続けていて、ものすごく成長したんです。もっと喋れるようになってから行きたかったとは思いましたけど、言語の壁はどうにかなるもんだと感じた期間でもありました。

──言語だけでなく、中国での撮影は様々な環境が全く異なるとよく聞きます。カルチャーショックを受けたことは?

北原:いい意味で、ゆるいんですよね。たとえば、スケジュールが明確に決まっていない。お昼休憩が何時までか知らされないので、のんびりご飯を食べていたら、いつの間にか遠くの方で撮影が始まっていて、慌てて現場に合流することも(笑)。近くに売店があったんですけど、撮影の合間に覗きに行ったら、スタッフさん数名がビールを飲んで楽しそうに喋っていることもありました。日本の現場はどちらかと言えば厳しい雰囲気ですけど、中国の現場はゆるくて和気藹々としていて驚きました。

──ちょっと、イラッときたりしませんでしたか?

北原:それは、全然。こういう撮影のスタイルもあるんだなって勉強になりました。ゆるいんですけど、馴れ合いじゃないのが良くて。すごく素敵だと思ったのが、年上の方を敬う習慣があるところ。今回の現場は監督やカメラマンといったポジションが、日本のベテランの方々だったんです。彼らは年長者を敬う敬称の「爹(ディエ)」と呼ばれていて、誰もが愛嬌たっぷりに「ディエ」と声をかけるんですよ。撮影部だけでごはんに行った時も、私よりも年下のスタッフたちがディエを囲んで、ポケトークで翻訳しながら一生懸命喋っていて。建前じゃなくて、心の底から尊敬している気持ちが伝わってきました。愛情深いというんですかね、家族のような関係性になっていました。そのあったかい雰囲気が、すごく良かったです。

──年上を敬う文化が、撮影現場にも影響するんですね。

北原:ディエから学ぼう、みたいな若者たちの姿勢を強く感じました。年齢を重ねてきた人しか知らないことがあるから、それを一生懸命吸収していて。先輩方もすごく楽しそうでした。あと驚いたのは、スタッフが日本に比べてものすごく多いので、役割が細かく分かれていること。たとえばディエに椅子を持っていくだけの係とか。レンズを取り換える人、カメラを動かす人、レンズを管理する人。

──役割が終わったら、相当暇そうですね。

北原:だから、ビールとか飲んじゃうんでしょうね(笑)。

──「中国俳優の演技の素晴らしさを感じた」とコメントされていましたが、具体的にはどういった部分に感動しましたか?

北原:シンプルにお芝居が本当に、素敵でした。事前に台本を読んでいるとはいえ、中国語をすぐには理解できなくて。だけど、表情とか仕草でグッとくる場面が多かったです。お母さんが泣いて怒ってしまうシーンのテスト撮影があまりに素晴らしくて、空気感も含めていまだに忘れられないです。

AKB48時代の悩み「私には個性がない」。

──北原さんは、白石和彌監督『サニー/32』や小林勇貴監督『奈落の翅』など骨太な作品に継続して出られています。殴ったり血が出たり、過酷な役にも挑まれている印象がありますが、作品はどうやって選ばれているんですか?

北原:選べるほどではないので、お話いただけたらスケジュールが合う限り、なるべく出たいと思っています。そういう役のお話が多いのは、シリアスな雰囲気の映画がすごく好きだからでしょうね。

──いい意味ですが、先ほどの撮影でも、都内の寂れた公共団地を背景にする姿が雰囲気とよく合っていらっしゃって。素敵だなと思いました。

北原:寂しい場所が、よく似合うんですよ(笑)。

──もともと激しい作品にも抵抗なく、園子温監督の作品がお好きだと以前インタビューでお伺いしました。

北原:園子温監督の作品は大好きです。AKB48に所属していたときに、ドラマ『みんな!エスパーだよ!番外編〜エスパー、都へ行く〜』のお話をいただいたことがあって、その時もすごく刺激的で楽しかったです。白石監督の映画『凶悪』にも感銘を受けて、まさか主演映画を撮っていただけるとは。小林勇貴監督の世界観もすごく好きで、割と卒業してすぐにご一緒できて嬉しかったです。

──30歳を迎えて、女優としてやりたいことや進みたい方向性というのは変わってくるものですか?

北原:30歳でものすごく変わりました。はっきりとしたきっかけがあるわけじゃないんですけど、今までは先ほど名前が挙がったような監督たちの、割とハードな作品を観るのが好きだったんですね。なので、自分もそういう映画に出たくて。

変わらずハードな作品は好きだけど、そういうトゲっぽい部分があることが私の個性だと思っていたところもあるんです。だけど、年齢を重ねるにつれて、何気ない日常を描く作品も好きになってきて。落ち着いた雰囲気の映画も観るようになりました。

──お好きな監督はいますか?

北原:『愛がなんだ』『あの頃。』の今泉力哉監督が、とても好きです。ほとんどの作品を映画館で観ています。会話の中にトゲっぽいものはあるんだけど、流れる雰囲気がゆったりとしている映画に自分も惹かれるし、出てみたいって思います。

──落ち着く作品が心に刺さるようになった理由を、ご自身ではどう思われていますか。

北原:たぶん、グループを卒業してから誰かと競い合うこともなくなったし、自分に順位が付けられることもなくなったし、環境が変わったことで自分の精神状態も変わったんだと思います。ただ、たまに「このままでいいのかな」って思うことはありますね。闘争心が減ってきていて。

──グループを卒業すると、芸能界という広い世界で個人で戦わなきゃいけないので、逆に闘争心が高まるのかと思っていました。

北原:私はそうじゃなかったですね。グループにいた時の方が、この大人数の中で埋もれないために個性を持たなきゃ、特徴を作らなきゃって焦っていました。私は「個性がない」ことがずっと悩みだったんです。選抜メンバーに選ばれても、いつも3列目の端っこ。ここから抜け出せる自分の魅力なんてわからないし、3列目すら怪しかったので。

卒業してからは、そういう欲とか葛藤が全くなくなって、自分の気持ちに素直でいようって思うようになりました。無理のない範囲でやりたいことをやれたらいいな、と。そんなマインドだからこそ、新しいことに挑戦できる環境をもらえるとありがたいです。

──新しいことも、前向きに捉えられるタイプなんですね。

北原:根はネガティブなので、自分からグイグイとは行けないんです。ただ、やらざるを得ない状況にしてもらえたら、とことん頑張るタイプなので、新しい挑戦をいただけることはとても嬉しいですね。

──最近は横山由依さんや大家志津香さんなど、北原さんが交流のあったメンバーの卒業が続いています。新たに個人活動をスタートするメンバーにアドバイスをされたりしますか?

北原:卒業後の進路に関してはそれぞれが決めることなので、ひたすら応援するスタンスです。AKB48のみんなって、進んでいく道が多様なんですよ。東京を離れて海外で芸能活動をしているメンバーとか、芸能じゃなくてプロデュースとか裏方に回るメンバーとか、結婚して子どもがいるメンバーもいて。だから、いろんな道があるし、変わっていくことが当たり前だとどこかでわかっている気がします。どんな状況でも、なるようになるかなって。

新しい挑戦は「楽しもう、学ぼう」という気持ちで。

──AKB48時代から応援している身として、北原さんは何事にも一生懸命に、真面目に取り組まれている印象が強いので、新しい環境にも向かっていけるんだと思いました。多くの時間を仕事に費やされたと思うので、結婚を決断したことは大きな変化でしたか?

北原:大きく変わりましたね。環境というよりも、自分の心の持ち様として、絶対的に自分の味方でいてくれる人がいるってことが心強いですし、それもあってのほほんとし始めたのかもしれないです。「なるようになる」って考えが、ますます強くなりました。

──変わらない部分はありますか?

北原:昔から「自分の力で生きていくぞ」と思っているタイプなので、そこは結婚したいまも変わらないです。自分が生きていく分のお金は自分で稼ぎたいし、自分でどうにかしたい。男性に頼りたいという気持ちが全然ないんです、可愛くないけど(笑)。

──その時々で、将来が不安になることはありませんか?たとえばコロナは、予想外の出来事で仕事にも大きな影響を与えたと思うので。

北原:その頃は不安が大きかったですね。不安すぎて、資格を取ることに励んで。食べることが好きなので食生活アドバイザーと、大河に出たい気持ちを込めて乗馬ライセンスをとりました。

でも、今までもいろんなタイミングで、思いもよらぬ方向からお話を頂くことが多かったんです。『安魂』のお話も、1ヶ月前に急遽決まって。あとはファッションのセレクトショップのお話も、突然でしたし。不安もあるけれどなるようになるし、興味のあることはやってみようと。先ほど言っていただけて嬉しかったんですけど、一生懸命真面目に取り組むっていうのは自分が大事にしてきたことなので、そこは絶対に変わらないと思います。そうしていれば、必ず何かにつながると信じて。来年も想像できないお仕事が舞い込んでくるんじゃないかって、期待しています。

──思いもよらぬ方向から舞い込んできた仕事に対する処世術、みたいなものはありますか。

北原:「楽しもう」っていう気持ちは、強く持つようにしています。どんなこともプラスになるので、楽しんだもん勝ちかなと。あとは、「学ぼう」という気持ちもありますね。アパレルの知識なんて0だったので、周りのスタッフの方に支えてもらいながら、教えてもらう姿勢で。

──30歳になって大きく変わったと仰っていましたけど、仕事もプライベートも「楽しもう、学ぼう」の姿勢であればどんどん広がっていきそうですね。

北原:物心ついた頃から芸能界にしか興味がなくて、高校の進路表にも「AKB48」って半分ふざけて書くくらい、芸能以外にやりたいことがなかったんです。もともと頑固な性格だから、一つの道を極めようみたいな考えもあって。

だけど30歳を迎えて、視野がバーっと広がりました。それこそ中国に行ったことは、大きかったですね。今まで日本の映画が大好きだし、日本の食事も文化も大好きで海外に目を向けてこなかったんです。だけど、中国に行ったら、俳優としての技術面も作品のスケール感も全然違うことを目の当たりにして、なんて狭い世界と価値観に縛られていたんだろうって。もっと中国で仕事がしてみたいし、それ以外の国だって色んな魅力があるんだろうなって思えるようになりました。

プライベートも家にいる時間が増えて、自分自身を振り返ることも増えましたし、趣味もできて。今はスパイスカレー作りにハマっていて、いつか間借りでお店を出したいんです。あとは語学習得への興味も強くなっていて、今更ですがIZ*ONEを見ながらAKB48のメンバーが韓国語を喋っているのに感動して。語学を中心に、来年は勉強する一年にしたいです。また中国映画に出たいし、中国語の仕事を増やしていきたいというのが来年の目標です。

■プロフィール

北原里英(きたはら・りえ)
1991年、愛知県生まれ。2008年よりAKB48のメンバーとして活動し、2018年にグループを卒業。近年の代表作に、つかこうへいの名作舞台『「新・幕末純情伝」FAKE NEWS』(18)や映画『サニー/32』(18)『としまえん』(19)、ドラマ『フルーツ宅配便』(20)『女の戦争~バチェラー殺人事件~』(21)など。

『安魂』
監督:日向寺太郎 原作:周大新 脚本:冨川元文
出演:ウェイ・ツー、チアン・ユー、ルアン・レイイン、北原里英、チェン・ジン
2022年1月15日より岩波ホールほか全国順次ロードショー
公式HP https://ankon.pal-ep.com/