第三十五回特別インタビュー  荒川良々(俳優)

舞台でも映像でも、そこにいるだけで場になんともいえないおかしみを与える俳優、荒川良々さん。コロナ期間中に講談を披露したりYouTubeチャンネルを始めたりと、新しいことをスタートさせています。そして10月からは、平成中村座に参加。歌舞伎俳優に囲まれて2か月の公演を務めるその初日を終えたばかりの荒川さんに、話を聞きました。

――平成中村座の初日を迎えての感想からお聞きしてもいいですか?

荒川 いや、とうとう開けたな、と。もうそれだけです。

――歌舞伎はお稽古の期間がとても短いと聞きますが。

荒川 前回出演させてもらった歌舞伎(赤堀雅秋脚本・演出の「オフシアター歌舞伎『女殺油地獄』。2019年5月に寺田倉庫および新宿FACEで上演。)のときは1か月くらい稽古をやりました。今回は20日くらい。それでもやっぱり短いなあと思いますね。

――もともと歌舞伎はご覧になっていましたか?

荒川 映画『ピンポン』を撮影していたときに、共演者の中村獅童さんに誘われて初めて観たのが平成中村座の『義経千本桜』だったんですよ。いまの浅草寺のところじゃなくて、隅田川沿いに小屋を建てていた頃。当時は中村勘三郎さんが主役だったんですけど、1日だけ若手の獅童さんが主役をやる「試演会」というのに誘っていただいて。

――ご覧になった感想は?

荒川 1日だけの試演会というのもあったのか、カーテンコールというか、終わったあと演者さんたちが「よくやったな」という感じで泣いていたのをやたら覚えてます。その後そのまま劇場で飲んだんですけど、そのときには勘三郎さんが次の大人計画のプロデュース公演(『ニンゲンご破産』)に出演されるのも決まっていたので、「よろしくおねがいします」と挨拶しました。以来、そうやって勘三郎さんとご一緒したこともあって、歌舞伎はちょくちょく観に行くようになったんですよね。

――今回良々さんが出演される演目「唐茄子屋」は宮藤官九郎さんによる新作歌舞伎ですね。二度目の歌舞伎ともなると、多少は慣れも?

荒川 いやいや、全然。『女殺油地獄』の時は赤堀さんが出演もされていてちょっと心強さがありましたけど、今回は本当に周りが歌舞伎役者の皆さんだけですから。いろんなことがわからないですね。劇場も仮設の小屋だし。宮藤さんが作・演出で稽古場にずっといますけど、出演してないですから。いろんなことが何もわからないまま……。

――初日を迎えてみても。

荒川 もう少し日にちを重ねれば多少は慣れて来ると思うんですけどね。

まさか自分が舞台に立つとは

――少しさかのぼって、俳優を志したところから改めて聞かせてください。いちばん最初に俳優の道に足を踏み入れたのは、大人計画のオーディション……。

荒川 正確には大人計画のオーディションじゃないんですよね。 『ラフカット』という松尾スズキさんが作をやっていた舞台のオーディションを受けて、受かって。そこから松尾さんに「ちょっと出てみないか」と声をかけられることが何度か続いて、大人計画の 劇団員になりました。

――そのオーディションを受けようとしたきっかけは?

荒川 大人計画の芝居を観に行ったら、オーディションのチラシが入っていて。でも、特に役者になろうと思って東京に出てきたわけじゃないんですよ。

――もともとはどんな道を志していたんですか?

荒川 僕は佐賀出身なんですけど、高校を卒業して大学を受けたけどぜんぶ落ちたんです。でも一人暮らしがしたいから、福岡の専門学校に行ったんですよ。実家が商売をやっていて漠然と跡を継ぐと思っていたんです。専門学校卒業後に福岡の居酒屋でバイトしてお金を貯めて、なんとなくニューヨークに行ってみたんです。

――なんとなく。

荒川 そのまま3か月くらいいて帰ってくるんですけど、福岡の部屋は引き払ってしまっていたんですよ。で、帰りの飛行機が東京に着いたから、そのまま東京でバンドをやっていた高校の同級生の家に転がり込んで、東京暮らしを始めました。

――かっこいいです。

荒川 いや、別にかっこよくないですよ。その頃たぶん、ニューヨーク福岡直行便がなかったか、あってもそんなに多くなかったんじゃないですかね。たまたま東京着のだったから。

――それで、東京で大人計画に出会うわけですね。

荒川 福岡の居酒屋で一緒に働いていた子が、東京に出て吉本興業の養成所に通っていたんですよね。そいつと一緒に『愛の罰』を観に行って。そいつが「せっかく東京に出てきたんだったら、なんかやれば?」と言ってくれたので、「じゃあ試しに」と。

――では、大人計画を観て衝撃を受けて、「この道だ!」と思ったわけではなく。

荒川 面白いなとは思ったけど、まさか自分が舞台に立つとは思ってはいませんでしたね。松尾さんも僕と同じ九州出身で、『愛の罰』が九州の話だったからとっつきやすいというのもあったのかな。初めて平成中村座を観たときもまったく同じです。面白いなとは思ったけど、まさか自分が立つとは思ってなかった。

「俳優」を名乗るのは恥ずかしい

――言ってみれば“流れ”で、俳優という仕事をスタートさせたわけですね。「このまま俳優で行くんだ」という覚悟はいつ頃?

荒川 いや、ないです。だっていまだに、何があるかわかんないじゃないですか。

――もう20年以上、俳優として活動されていらっしゃいますが。

荒川 いやあ、自分から「俳優です」と言うのも恥ずかしいじゃないですか。役場とかの書類の職業欄に「俳優」と書くのは、なんか恥ずかしいですよ。

――ではいま、職業欄にはなんと?

荒川 「自由業」です。 「俳優」と書くと「自分で言うんだ」と思っちゃうから。

ーーYouTubeチャンネル「良々のお通し」では「俳優ひとり飲み」と俳優が前面に出ていますが……。

荒川 あれも、自分で言ってるわけじゃない(笑)。

――良々さんのYouTubeチャンネルが始まったときにはかなり驚きました。

荒川 それも人から言われて始めたものです。自分からやりたいなんて言ったところで、誰が賛同するのかと思いますし。昔お世話になった元テレビ東京のプロデューサーさんと、スチャダラパーのシンコさんといっしょにご飯を食べに行ったときに「YouTubeやらない?」という話になって、じゃあいいですよ、と。

――下町の飲み屋さんを巡って、お酒とおつまみを味わいながら店主の方にインタビューされていますよね? 失礼ながら良々さんはインタビューをしたりするのは苦手だろうというイメージがあったので、ああしていろいろと話している姿が意外でした。

荒川 あれも、「もうちょっとこういうこと聞いてください」とか言われてやっているので。でも自分が知らないお店を知れますし、飲んだり食べたりするのは好きなので、YouTubeは全然苦痛じゃないです。下町のほうって自分が住んでいるところと町の雰囲気も違うし、たまに行くにはいいなあと思って。

大事になってしまった講談挑戦

――新しくやったといえば、2020年には講談「本多劇場物語」(WOWOW『劇場の灯を消すな!本多劇場編』内で披露)もされましたね。

荒川 あれは、コロナで劇場が閉まってしまったときに、事務所の社長が「落語でもやらない?」と声をかけてくれたんですよ。落語家の役は何度かやっていたので。

――けっこうやってらっしゃいますよね。

荒川 『タイガー&ドラゴン』(TBS)、それから『大人計画フェスティバル』というイベントの中でお客さんの前で落語を披露したこともありました。あとは『いだてん』(NHK)でも。なので、落語ならと宮藤さんとメールをやりとりしはじめたんですよ。「最近、古典で面白いの教えてください」みたいな相談をしていて、僕が当時まだ松之丞さんだった神田伯山さんの講談をYouTubeでちょいちょい観ていると伝えたら、「講談興味ある? じゃあ俺書くから」という話になって。

――なるほど。

荒川 で、伯山さんに相談したら指導をやってくれることになって、ちょっとおおごとになっちゃったな、と(笑)。『タイガー&ドラゴン』の時は共演者でもあった春風亭昇太さんが落語指導をしてくれていたんですよ。だから、落語をやることになったら自分で稽古して、昇太さんに連絡して一度見てもらえばいいかなと考えていたんですけど。

――それが初挑戦の講談に。披露は一度でしたが、みっちり稽古をされて?

荒川 その頃は最初の緊急事態宣言の時期で、舞台も撮影もなくてやることがなかったから、けっこうやりましたね。稽古初日に伯山さんに釈台をお借りして、家でひたすら稽古をしていました。宮藤さんに見てもらって、伯山さんにもう一度見てもらって。

――こういう新しい挑戦も、やるとなったら楽しめるタイプですか?

荒川 いやいや、楽しむというかもう……。だって宮藤さんに書いてもらって伯山さんに監修してもらって、誰がやってもたぶん面白くなるはずじゃないですか。それがつまらなかったらぜんぶ僕のせいですから、そのプレッシャーはありましたよ。ウケたときはうれしかったですけどね。

勘三郎という人の魅力

――平成中村座のお話をもう少し聞かせてください。稽古はどうでしたか?

荒川 全然違いましたよね。歌舞伎座の稽古場でやってるから、セットが組めないんですよ。だから稽古中はぜんぶセットのある場所とか、間取りとかが紐で表現されていて。歌舞伎役者の方にとっては当たり前なんでしょうけど、僕らはセットを建てて、稽古中からセットがある状態に慣れていくのので、それひとつとってもだいぶ違いました。衣装もずっと浴衣で、ちゃんとセットと衣装がある状態というのは小屋入りしてからですから。しかも歌舞伎の皆さんは、古典なんかだと4、5日の稽古で立つんですもんねえ。小さい頃からやっているから体に染み込んでいるというのはあるんでしょうけど、それにしてもすごいですよねえ。

――勘九郎さんや七之助さんからのアドバイスなどは?

荒川 いやいやそんな! こちらが聞いたらたぶん答えてくれるんでしょうけど、聞かないですねえ。まあ宮藤さんが演出だし、宮藤さんの言う通りにやろうと。

――宮藤さんの演出は、歌舞伎であろうといつもどおりですか?

荒川 でも宮藤さんもきっとわからないことがたくさんあるから、僕らの劇団とかプロデュース公演とは少し違ったみたいですね。勘九郎くんとか七之助くんが、「歌舞伎の場合はもう少しこうしたほうがいいんじゃないですか?」というのはありました。

――同じ場所で2か月続けてやるというのも、現代劇ではなかなかないことですよね。

荒川 しかも休演日が月に2回くらいしかないのも未経験ですね。でもそれだけお客さんが入ってくれればうれしいです。ふだん浅草に来る機会はあまりないので、毎日散歩したりとか、浅草でご飯食べたりするのかな。僕が出る『唐茄子屋』という演目は今回、浅草の話なので、お客さんは、浅草寺を歩いて劇場に行くところから、物語が始まっている感じがあるんじゃないですかね。

――最初に観たときには出るとは思わなかったという平成中村座に、こうして出ているのは面白いですね。

荒川 そうですね。平成中村座には、勘三郎さんが状況劇場のテント公演なんかを観て「これが芝居小屋だ」と夢見た、その勘三郎さんの思いみたいなものがありますよね。舞台も一緒にやりましたし、映像作品にも呼んでもらったりしましたけど、勘三郎さんの人間力というか魅力が、色気があるんですよね。あんな歌舞伎のすごい人が、僕らみたいな大人計画の人たちの中に一人だけで入ってきたのって、どんな感じだったんだろうと改めて思いますね……。

選ばれたからには面白くする

――こうしてこれまでのお話を伺っていると本当に流されて……。

荒川 流されてです、もう。

――お仕事の依頼はたくさんあると思いますが、作品を選ぶ基準みたいなものはありますか?

荒川 何も選んでないです。スケジュールさえ空いていれば。というかマネージャーさんから「入れたから」と言われて「あ、ありがとうございます」みたいな感じ。

――それは舞台であっても、映像であっても?

荒川 舞台は拘束期間も長いですし、一応事務所から「どうする?」という相談はきますけど、お話が来たらもうほとんど受ける形で。というか、スケジュールをあまり把握していなくて、周りの方から「次一緒ですね、よろしくおねがいします」と言われて知ることが多いですね。というか、一応なんとなくは聞いているはずなんですけど、仕事が入った最初の段階ではキャストとかもわからなかったりするから、共演の方とかスタッフの方から「一緒ですね」と言われて「あ、そうなんだ」って。

――それくらい、こだわらない。

荒川 そうです。

――荒川さんのように達者で、作品のアクセントとなるような役者さんは、作品によっては「面白くしてください」と役割を大きく担わされることもあるのかなと思うんですが。

荒川 そうですねえ……。もちろん作品自体が面白いのが一番ですけど、「面白くやってください」と言われることもなくはないですよね。まあでもせっかくこうやって自分が出る場所があるんだったら、なるべく膨らませてやるようにはしますよね。面白くできなかったら損するのは自分だし。さすがに自分が出ていないところに口出しはしないですけど(笑)、自分が出ているところは面白くできたらなと思います。

――なるほど。

荒川 若い世代向けの作品で、他の部分が自分たち世代の感覚とは違ったりしても、せっかくキャスティングしてもらったんだったら、面白くしたいなというのはありますもんね。自分と合わないからといって腐るのは嫌ですから。この仕事は自分で選んでする仕事じゃない、選ばれてやる仕事だから。

――そうやって「面白くする」という部分で尊敬している役者さんはいますか?

荒川 今回、改めて中村七之助くんはすごいなあと思いましたね。勘九郎くんもすごいけど、勘九郎くんは長男で、全体を見ていたりする部分があって、七之助くんはより自由にやっている感じもしますね。女形って僕にはもう想像もつかないですからね。七之助くんは役に対していろいろ考えているんだろうなって思いますね。

お互いを尊敬している大人計画

――今回も含め、宮藤さんの書かれる作品にたくさん出演されていますが、宮藤作品の面白さはどんなところにあると思いますか?

荒川 そんなね、僕が言うことじゃないでしょうけど、なんでしょうね。セリフも面白いし、今回の歌舞伎だったら若旦那がダメ男なんですよ。やっぱりダメな人が好きなんでしょうね。ダメな人に脚光を当てて、「ダメだけどいいじゃない」というところがある気がしますね。

――では、長く所属している大人計画という劇団については、どう見ていますか?

荒川 なんか、大人計画って、お互いをちゃんと尊敬してるなって感じがするんですよ。お互いの公演をちゃんと観に行ったりとかもするし。いいところに入ったな、って思ったりします。舞台って、全部が面白いわけじゃないじゃないですか。でも、やっぱり大人計画の人たちが出てるとちょっと興味が出るというか、「観たいな」と思う魅力があるし。……ってこんなこと言うと、行けなかった公演に「あいつ来なかったな」と思われるのは嫌ですけど(笑)。僕自身、何も勉強していないし、演劇部でもなかったし。でもやっぱり大人計画の人たちと、阿部さんとか皆川さんとか村杉さんとか、周りの人達と絡んでいたらだんだん面白くなっていったのがあるんじゃないかなって思うんですよ。セリフのやりとりを色んな人とやったことで。

――知らぬ間に身についたものがある。

荒川 うん、たぶんそうですね。

――映像にも舞台にもたくさん出られていますが、やはり舞台のほうが自分の居場所という感覚はありますか?

荒川 舞台は、稽古を観ているのが好きなんですよね。毎回一緒のように見えても、ちょっとずつ違うし。演出家の言葉で人の演技が変化していったりするのが面白いですよね。

――今後の野望は?

荒川 野望、ないですねえ。やっぱり毎日、面白くしたいなっていうだけですよ。来た仕事を、面白くしたい。演出家とかプロデューサーの思っている以上にできたらいいですね。

■プロフィール

荒川良々(あらかわよしよし)
1974年、佐賀県生まれ。
1998年大人計画に参加。2008年の映画『全然大丈夫』で初主演、20年の『劇場の灯を消すな! 本多劇場編』で神田伯山氏監修の講談に初挑戦した。
近年の主な出演作に、舞台「ケダモノ」、「大パルコ人④マジロックオペラ『愛が世界を救います(ただし屁が出ます)』」、『3年B組皆川先生~2.5時幻目~』、『白昼夢』、映画『決算! 忠臣蔵』、『ハード・コア』、ドラマ『ムチャブリ!わたしが社長になるなんて』(NTV)、『俺の家の話』(TBS)、『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)、Netflix『呪怨:呪いの家』(主演)、WOWOW『鵜頭川村事件』他。
多彩な表現で幅広く話題作に出演する唯一無二の個性派俳優。
YouTubeチャンネル『良々のお通し』が好評配信中。

<最新作情報>
平成中村座「唐茄子屋~不思議国之若旦那~」出演(作・演出:宮藤官九郎)

平成中村座 十月大歌舞伎
(2022年10月5日(水)~10月27日(木)平成中村座)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/774
平成中村座 十一月大歌舞伎
(2022年11月3日(木・祝)~11月27日(日)平成中村座)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/775