第二十六回特別対談 池谷のぶえ(女優)×ブルー&スカイ(脚本家)

――せっかくですので、幼少期のお話から伺わせていただけますか?

池谷のぶえ(以下、池谷):私もブルーくん(=ブルー&スカイ)の幼少期についてはあまり聞いたことがないので興味あります。

ブルー&スカイ(以下、ブルー):特別なことは何もないですけどね。

池谷:何が好きだったの?

ブルー:池谷さんが聞いてくるんですね。

池谷:うん、このままじゃ進まなさそうだから(笑)。

ブルー:好きだったのはジャッキー・チェンで、空手教室に通っていました。カンフー教室が近所になかったので。

池谷:へー、普通の男の子だね。「はっ!」とか「ふっ!」とか言えてたんだ?

ブルー:言えてました。たぶん動きのキレがいいのは、空手をやってたからかなと思います。

池谷:(笑)。友達はいたの?

ブルー:友達は普通に。ただ女子とはいっさいしゃべれなかったです。高校卒業するくらいまで。

池谷:長いね。好きな子はいた?

ブルー:いましたけど、しゃべれないので何もなかったです。

――今のところはまだ、ブルーさん的な片鱗は見えませんね。

池谷:そうそう、なんかないの?(笑)

ブルー:7つ離れたお兄ちゃんがいて、桑原茂一さんとかがやっていた『スネークマンショー』は一緒に聞いたりしていました。

池谷:きたきた、においがしてきた! それはブルーくんの潜在意識にありそうだよね。

ブルー:どうでしょう。わかんないですけど。

池谷:私と出会った大学生のころは、筋少(=筋肉少女帯)とかを聞いてたイメージがあるけど。

ブルー:筋少はたまたま深夜番組に大槻ケンヂさんが出ていて、あんなメイクをして、すごいパンクロッカーなのに、学生時代に女の子としゃべれなかったって話を聞いて。

池谷:シンパシー?

ブルー:僕と一緒だなって。なんか希望というか。

池谷:希望ね(笑)。

――池谷さんはどんなお子さんでしたか?

池谷:私は8歳まではパーリーピーポーみたいな(笑)、お楽しみ会とかを率先してやろうとするタイプでした。でも妹が産まれて、ガラッと人生変わりましたね。いきなり自分が主役じゃなくなったというか、今考えると初めての挫折だったかもしれません。

ブルー:好きなた……。

池谷:今度は聞いてくれるの? 好きなた……って、食べ物?(笑)

ブルー:食べ物聞いても(笑)。

池谷:間違えた? そのころの好きな食べ物聞かれてもね、覚えてないし(笑)。で、結局その後私は、中学で演劇部に入ることになるんです。

友達への復讐を、演劇部でのエネルギー源に

――演劇部に入ったきっかけは?

池谷:小学校から仲の良かった友達に、「一緒に演劇部の仮入部に行って欲しい」と言われたんです。でもその子、しばらく来ないなと思っていたら吹奏楽部に入っちゃって、結局私は取り残された感じに。でも先輩たちに辞めるとも言えず、私はその友達への復讐の意味も込めて、絶対に演劇部で3年間まっとうしようと思ったんです(笑)。

――憎しみがエネルギー源になったんですね(笑)。

池谷:ええ。でもそれで今ご飯を食べさせてもらっているわけですから、その友達には感謝しかないんですけどね(笑)。

――ブルーさんと演劇の接点は?

ブルー:大学で演劇サークルに入ったのがきっかけです。そもそもは中学時代、とにかく柴田恭兵……。

池谷 とにかく柴田恭兵(笑)。

ブルー:あとマイケル・J・フォックスに憧れて。面白いし、カッコいいし、みたいな。だからなんとなく俳優に憧れはあって、手始めに演劇サークルはいいかなって。そうしたらそこに池谷さんが先輩でいたんです。

池谷:演劇をやったこともないのにいきなり主役をゲットして、その後もわりと主役をやってたよね?

ブルー:別に主役をやりたいと言ったわけではないですけどね。

池谷:もちろん。でも実際上手だったと思う

――そこから「劇団猫ニャー」の旗揚げにはどう繋がっていくのでしょうか?

池谷:私が卒業する時に、2年生だったブルーくんたちと、卒業公演みたいなものをやりましょうと声をかけてもらったんです。

ブルー:直接声をかけたのは小村(裕次郎)ですけどね。僕と小村が同級生で仲が良くて。

池谷:でもその時は、とりあえず1回のつもりだったんだよね?

ブルー:続けるかどうかは分かんないけど、って感じでしたね。

――そこで手応えを感じて劇団を続けようと?

池谷:いや、その時には感じなかったですね(笑)。でもちょっと遡って、新入生歓迎公演という、ブルーくんたち2年生が作演出から何から全部やらなければいけない公演があったんです。

ブルー:そもそも僕らの学年が5、6人しかいなくて。ホンを書いたのもふたりだけだったので、たまたま僕の書いた方をやることになっただけだと思います。

池谷:ただ初めて書いたブルーくんのホンが、すごく面白かったんです。その手応えはよく覚えていて(笑)。タイトルなんだっけ? 『ブランニュー・ザ・デッド』みたいな。

ブルー:いや、ちょっと恥ずかしい……。

池谷:(笑)。とにかく先輩たちの間では大絶賛で、私も何回も観に行きました。ブルーくんがナンセンスコメディを書くまでにはもうちょっとかかるんですけど、当時流行っていた鴻上(尚史)さんや、演劇集団キャラメルボックスとかの舞台とはまた違う、新鮮な面白さを感じました。

――そこから“ブルーさん=面白い人、面白いものを書く人”と認識されていったのですか?

池谷:いや、それはさらに遡って(笑)、初めてサークル部屋にブルーくんが来た時ですね。さっきの小村裕次郎と一緒だったんですけど、小村はすごく背が高いから、ドアを開ける時にちょっと屈んで入って来たんです。そうしたらすぐ後ろにいたブルーくんが、全然大きくもないのに、同じように屈んで入って(笑)。それを私がたまたま目撃して、誰も見てないのになんだこの人!?と思ったのが最初です。

ブルー:たぶん普通にボケたんでしょうね。

池谷:でも誰も見てなかったでしょ?

ブルー:あからさまは恥ずかしいので……。

池谷:そっとボケたの?(笑)

ブルー:はい、そっと(笑)。

――その当時、ブルーさんは池谷さんのことをどう思っていたんですか?

ブルー:僕はしばらくサークルの演劇しか観たことがなかったので、他と比べて池谷さんがどれだけすごいのかってことは分からなかったんです。すごい貫禄のある、いい声の先輩がいるなぁぐらいで…
…すみません。

池谷:小っちゃい声で「すみません」って言った(笑)。

ブルー:他にちょっと怖い、口調の強めの人がいたので、その人に
比べるとそんなに口調が強くないというか……。

池谷:ぼんやりとした思い出だな!(笑)

ブルー:フフフ。

――ひとまずその卒業公演が、イコール劇団の旗揚げ公演になったのでしょうか?

池谷:そうですね。でも2回目は何も決まっておらず、私も大学卒業後は就職していたんです。そうしたらシアターグリーンのフェスティバルに参加することになったと連絡があって。で、その第2回公演までの間にブルーくんが観ていたのが?

ブルー:KERA(=ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんのナイロン100℃の『1979』ですね。

池谷:その影響をもろに受けて、ガラッと作風が変わって、いつの間にかナンセンスコメディになっていて。私としてはわけが分からない状態でした。

ブルー:初めて観たプロの演劇だったんですが、そこでやっと演劇の面白さが分かったというか。ああこれは完全に面白い、すごい、こんなのやっていいんだって思うようになりました。

池谷:当時は何が何やらでしたけど、今のブルーくんのスタートは、間違いなくその公演だったと思います。

劇団から弁当屋へ。今も語られる演劇界の事件

――その後猫ニャーは人気劇団へと成長していきますが、2001年にある転換期が訪れます。

池谷:はい、ありましたね(笑)。

――振り返っていただいてもいいですか……?

池谷:ええ、もちろん。

――……なぜお弁当屋さんに?(※劇団猫ニャーから演劇弁当猫ニャーに改名)

池谷:(笑)。皆さんにワーッと言っていただいていた時期ではあったと思います。ただ何となく劇団内が、これからどうしようかって雰囲気になっていた記憶はありますね。

ブルー:くだらないことをやりたいのに、やることがだんだんなくなってきたんです。だったら劇団そのものをくだらない感じにしたいなと思って。

池谷:劇の中でやることはもうなくなったってこと?

ブルー:そうですね。

――ただその3年後、猫ニャーは解散することになります。

ブルー:最後の3年間くらいは本当に書けなくて。でも劇団があるから書こうとはするんですけど、やりたいって気持ちもまったくないし、動員もちょっとずつ減り出していたし、個人的な借金は増えていくし。しかもアンケートに「今回はつまらなかった」とか書かれたりして……。

池谷:なんか辛いね。書きたくもないのに書いてつまらなかったっ
て。それで借金も増えていったら、そりゃやりたくなくなるよね。

ブルー:それで池谷さんに相談したんだと思います。

池谷:私は私で、私がいるせいで若い劇団員の子たちが活躍していく機会がないのかなと思って、一度わざと公演を休んだことがあったんです。で、その直後くらいに、「疲れちゃったし、これを最後にたたむ」って話をされて。それを聞いた時、ちょっと待ってくれと。私休んだまま終わるの!?となり(笑)、最後のわがままで解散公演だけはやらせてもらったんです。

――活動期間としてはたった10年でしたが、おふたりにとって劇団とはなんだったと思いますか?

池谷:私にとっては本当に、劇団がなかったら今はないというか。変な話ですけど、別に私はナンセンスコメディをやりたくてやっていたわけではなくて、たまたまブルーくんと出会って、たまたま劇団がそうなっていっただけなんですよね(笑)。でも劇団でいろいろ試行錯誤したことが今ものすごく糧になっていますし、そうでなければKERAさんに見つけてもらうこともなかっただろうなと。KERAさんに見つけてもらい、そこからまた他の演出家さんに拾ってもらった道筋があるので。そう考えると、友達への復讐のあとの転機となったのは(笑)、確実にブルーくんとの出会いだったと思います。

ブルー:僕にとっては……借金がどんどん増えていく活動というか。

池谷:(笑)。

ブルー:始めたころは、このままお客さんが増えていけば儲かるかな?とか思っていたんですけど、甘かったですね。今思うと、浅はかな活動をしていたなって。

池谷:でもみんな若かったからね。誰も将来のことなんて考えていなかったと思うよ。ただやっぱり猫ニャーは、ブルーくんの作品ありきって部分が強かったから。だからこそ、ブルーくんのやる気がなくなってしまった時点で、もう続けられなかったとは思う。

――劇団解散後、ブルーさんは自身のユニットの立ち上げやプロデュース公演、脚本提供など精力的にこなされていますね。

ブルー:悩みすぎちゃっていたんでしょうね、劇団時代は。解散してみたら、また書きたいものも出てきて。ただお話で見せるみたいな、笑いやくだらないことが目的じゃないところでお客さんを満足させる作品は、いまだに絶対書けない。でもそんな僕も、KERAさんの舞台とかを観ると救われたり、気持ちが楽になることがあって。だからそういうお客さんに観てもらえたら嬉しいなとは思います。

――そんなKERAさんも、「ナンセンスコメディではブルー&スカイには敵わない」とおっしゃっていましたよ。

ブルー:全然ピンとこないです。そんなわけないだろうって。

池谷:そういうのが分かっていない時点で、すでにブルーくんは天才なんだと思います。

いつも心配して見守っている、親戚のような存在

――これまで池谷さんは、ブルーさん以外にもさまざまな演出家の舞台に立ってこられましたが、演じる上ではどんなことを一番大切にされているのでしょうか?

池谷:ブルーくんも今言いましたけど、自分も演劇を観ていて救われる時があったり、その時間をシェルターのように使っていたこともあったなと思うんです。その後2、3日だけは、ものによっては1週間くらいは元気でいられる。だから自分もお客さんをトリップさせられるような、ちょっとでも遠くに連れていけるようなお芝居が出来たらいいなと思っています。

――ブルーさんが作家として、演出家として大切にされていることは?

ブルー:そんなに意識してはいないですけど、とりあえず稽古場でキャストさんに「つまんないな」って思われないものは書きたいと思っています。出来ているかは別として。演出をする時は、キャストさんやスタッフさんになるべくストレスを与えないようにはしているつもりです。

池谷:へぇ、すごいね。

ブルー:ストレスを抱えている人がいると思うと、それが自分のストレスになるので。

池谷:自分のためか!(笑)

ブルー:結局はそうですね。なんか悩まれちゃったりすると、すごくそれが気になって、自分のストレスになるので。

池谷:(笑)。

――では今一番力を入れていきたいという役者のお仕事については?

ブルー:そもそも役者がやりたくて始めたわけですから。ただ劇団時代の途中から出なくなっちゃって、それが失敗だったなって。

池谷:そうだ。始めのころは出てたよね?

ブルー:ええ。でも劇団員も増えて、作演出だけで面白いものが作れればいいかなって満足するようになっちゃって。でも周りを見ると、作演出をやりながら役者も続けている人はいるんですよね。

池谷:赤堀(雅秋)さんとかね。

ブルー:あと千葉(雅子)さんとか。

池谷:そうか。ああなれたらベストだったんだね。でも確かに大学時代、劇団時代はすごく上手だったと思う。でもだんだん出なくなって、久々に出るようになったら一気に下手くそになってて(笑)。また最近ちょっと上手になってきたから、波が来てるのかもしれないね。

ブルー:もし成長していたとしたら、それは大倉(孝二)さんの力が大きいと思います。

――大倉さんとは「ジョンソン&ジャクソン」という演劇ユニットを組んでいらっしゃいますね。

ブルー:他の現場で客演していても、特にダメ出しとかされないんですけど、大倉さんにはすごく言われるので……。

池谷:確かに大倉さんはブルーくんには容赦ないね。鬼コーチみたいな感じ(笑)。

――ただその大倉さんを始め、「フロム・ニューヨーク」を組まれている市川訓睦さんや中村たかしさん、さらには演劇界全体が、ブルーさんに対して優しく見守っている印象があります。

池谷:本当にそうなんです! それはちょっと憎たらしくもあって(笑)。

ブルー:甘やかしやがって!みたいな?

池谷:そうそう。みんなブルーばっかり心配して!って(笑)。ただ私自身、劇団を解散してからの方がよく話したりするようになりましたし、常にブルーくんのことを心配している。そういうなんか、親戚のような気持ちはありますね(笑)。

――もう30年のお付き合いになりますが、ブルーさんにとって池谷さんとは?

ブルー:いい年になりましたけど、他に池谷さんみたいな先輩っていないんですよね。だから直属の後輩というか。

池谷:直属の後輩……(笑)。

ブルー:それで甘えようとしてんじゃねえよって思われるかもしれ
ないですけど、この関係性はずっと変わんないのかなって。

池谷:だいぶ社交的にはなったけどね。それはすごい変化。

ブルー:でも今日これまでしゃべったことで、文字にするほどのことって何もないなって……。

池谷:いやいや、それがブルーくんの面白さだから(笑)。

■プロフィール

池谷のぶえ(いけたに・のぶえ)
茨城県出身。1994年、劇団「猫ニャー」(のちの「演劇弁当猫ニャー」)旗揚げから2004年の解散まで参加。
20年、ねずみの三銃士『獣道一直線!!!』にて第28回読売演劇大賞優秀女優賞受賞。
近年の主な出演作品に【舞台】『イモンドの勝負』(21/ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出)、『ほんとうのハウンド警部』(21/小川絵梨子演出)、『外の道』(21/前川知大演出)【映画】『モリのいる 場所』『浅田家!』『星の子』【TV ドラマ】『執事 西園寺の名推理』『妖怪シェアハウス』【TV】『LIFE!人生に捧げるコント』【TV アニメ】『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』など。

【舞台】
『お勢、断行』(原案:江戸川乱歩、作・演出:倉持裕、音楽:斎藤ネコ)
2022年5月11日(水)〜5月24日(火)◎世田谷パブリックシアター ほか、ツアー公演予定
https://setagaya-pt.jp/performances/202205osei.html

【TV】
Eテレ アニメ「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」声:銭天堂の店主・紅子役 毎週火曜 18:45~18:55
https://www.nhk.jp/p/zenitendo/ts/4NX2MRW758/

【コラム連載】
「池谷のぶえの人生相談の館」 毎月第三木曜日更新
演劇ぶっく情報サイト 「演劇キック/日刊☆えんぶ」
http://enbu.co.jp/category/nikkanenbu/iketani/

ブルー&スカイ(ぶるー・あんど・すかい)
東京都出身。1994年より役者の小村裕次郎、池谷のぶえらと共に東洋大学演劇研究会のメンバーを中心に「猫ニャー」(後の「演劇弁当猫ニャー」)を旗揚げ。全ての作品の作・演出を手がけた。 2004年、10周年記念解散公演をもって解散。
2014年に大倉孝二と演劇コンビネーション「ジョンソン&ジャクソン」を、2015年にはコントグループ「フロムニューヨーク」を市川訓睦・中村たかしと結成し、メンバーで作・演出を手がけ、自身も役者として出演している。
近年の主な作品に【舞台】『異常以上ゴミ未満、又は名もなき君へ』(21/澤田育子演出)※出演、『逆流』(21/大堀こういち演出)※脚本・出演、『星の数ほど星に願いを』(20/ブルー&スカイ脚本・演出)、『PLAY HOUSE』(19/根本宗子演出) ※出演【TV】『シャキーン!』(構成)、『びしょ濡れ探偵 水野羽衣』(脚本)など。