第三十九回特別対談 栗原類(俳優・モデル)×山中崇(俳優)

8年前に舞台で出会った二人が、舞台で再会を果たす。岡田利規の脚本を本谷有希子が演出するという、演劇ファンも注目の公演・KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『掃除機』。栗原類と山中崇、ともに映像でも舞台でも活躍する二人に、この一見難解そうにも見える作品に挑む気持ち、役者として舞台表現にかける思いを聞いた。

「馬と王子」から「人間と機械」に

――お二人は舞台『気づかいルーシー』以来久しぶりの共演ですね。

栗原 あの初演が2015年、再演が2017年夏ですから、もう5年半ぶりになりますね。

山中 あ、そんな前か。

栗原 はい。今回はあのときとは全然違う作品ですね。

山中 だって類くん、今回は“掃除機”だもんね。掃除機役。

栗原 はい。掃除機。

山中 『気づかいルーシー』のときは王子だったのに。

栗原 王子と馬が、掃除機と人として再会しましたね。

山中 僕はやっと馬から人になれた。類くんは人からメカになったね。

栗原 はい、機械になりました(笑)。

――今日は稽古初日だったそうですね。

栗原 僕は、岡田利規さんの書かれた作品を演じるのは2回目になりますが、今回の脚本を読んで、岡田さんならではの複雑な言葉遣いというものを再認識しました。これをどう嘘偽りなく自分の体に叩き込めるかという戦いのスタートなのかな、というふうに思いました。

山中 類くん、だいぶセリフがあるもんね。掃除機役って、演じたことないでしょう?

栗原 もちろんないですよ。馬はやったことがあるけれど……。

山中 そうそう、『気づかいルーシー』とは別の作品で類くんは馬を演じてるんだよね。僕とは馬仲間(笑)。

栗原 人間以外の役の経験はあるけれど、掃除機は初めて。だからといって、無機質な芝居が正しいとも思っていないんですよ。今日稽古をしてみて、いろいろと実験しながらも、早めに答えを見つけないといけないな、と思いましたね。

山中 僕は岡田さんの作品は初めてなんです。読んでみて、あの独特なセリフのリズムがすごく面白いなと思いまして。今回はラッパーの環ROYさんが参加されるのがとくに楽しみだったんですよ。僕は元々環さんの曲が好きで聴いていたこともあって、どうやって本を読まれるんだろう?音楽家の方は俳優とは言葉に対する感覚が違うだろうな、とワクワクしていたんです。いざ今日の本読みで環さんが読むのを聞いて思ったのは、嘘がないんだなと。

――嘘。

山中 自分が読むときは、どうしても「嘘ついてるな」と思っちゃうんですよ。でも環さんは自分の中を通して喋っている感じがした。で、類くんにも今日それを感じたんです。類くんも、嘘がないんですよね。

栗原 えっ、そうですか? 僕は脚本を読んで感じたものを演出家さんに提示するという感じで、考えているというよりも感覚でセリフを言っているんです。それを、嘘がないと言ってもらえるのは、すごくありがたいです。……お芝居って、本当に嘘が見えちゃう、作り物だってわかっちゃう、その上で見るものですけど、山中さんがおっしゃったとおり環さんはすごく自然でしたよね。作っていたり芝居じみたところがなくて、本当に自分の胸に秘めたものを発しているかのような。フィールドは違っても、表現者としての天性の才能なのかもしれないですね。

――役者さんとしては、嘘をつくというのはつまり、役をつくるということでもありますよね?

山中 そうなんですよね、だから、もちろん自分であって、自分じゃないみたいな部分が常にあります。嘘をつくならつき通さなきゃいけないと思ってはいるんです。ただ、一緒の現場に嘘をつかない方がいらっしゃると、すごく自分が見透かされてる感じというか、「あ、なんか小手先でやってんな」と思うことがあるんですよね。今日の読み合わせは、すごくそれを感じましたね。

――栗原さんは役者さんであるけれども、嘘がない。

山中 そうですね。なんだろう、類くんには独特の魅力を感じる。類くんのように演じようと思っても、なかなかできないですよ。

栗原 2019年に『どうぶつ会議』という芝居に参加したとき、キャスト同士で「役を自分に近づけるか、自分を役に近づけるか」という話になったんです。そこで池谷のぶえさんが「観客の方はどうしても私を通して役を見ることになるから、私は役そのものを自分に近づけたほうが嘘偽りなく表現できると思う」と話されたんですね。それがすごく心に残っていて、それ以降は自分も役を近づけるように努力しています。もちろん役柄やシチュエーションにもよりますけど。山中さんはいろんな色を持っていて、でも作品ごとにその作品の色になじむことができる。それはすごく羨ましいです。今日も僕こそ山中さんの本読みを見て、いろんなものを得られたな、と思いました。

山中 そう見えたんだね。ありがとうございます。そう言ってもらえたら稽古頑張れるわ!

「掃除機がしゃべる」世界を演じること

――先程からお話にあるように「掃除機役」というのは想像もつかないですし、山中さんが演じる息子役も、実は細かな背景が描かれているわけではなく、なかなか役をつかみづらい作品だと思いますが、どのように取り組もうと?

山中 僕が演じるのは80代の父、50代の姉と暮らす40代の弟ですが、ずっとここではないどこかに行きたい人なんですよね。でも母が他界して、三人という微妙なバランスでなんとか生きられているからなかなか出ていけない。ただ、何かのきっかけでバランスが崩れて、家族が崩壊してしまうかもしれない……。実際僕はいま44歳なので、彼の悩みはそれほど遠くないし、わかるなと思う部分が多々あります。だから無理せず、セリフを自分の言葉として発せたらと思います。

栗原 僕は前回岡田さんの演出を経験したときに、岡田さんは力んでいないような芝居が好みなのかなと感じたんです。言葉を演劇っぽくなく発するといいますか……。さっき山中さんが言ってくださった「嘘がない」というのも、力まず演じすぎずというのを意識した結果かもしれません。僕の演じる掃除機は一家の繋ぎ役のような存在だというのを、読み合わせで再認識しました。

山中 今日稽古場で「なぜこの人達は掃除機と話せるんだろう」「掃除機はなぜしゃべれるんだろう」という話になったんだよね。それがすごく楽しくて。演出を担当される本谷有希子さんも、俳優やスタッフの意見をすごく聞いてくれて、みんなで作ろうという意識を持っているんだろうなと思えたので、これからがすごく楽しみです。

栗原 妄想説、「この世界では掃除機は話します」というSF的な設定説とか、かなりいろんな説が出てきましたよね。いろんな人のアイデアを聞いて「そういう考え方もあるんだ!」といろいろと勉強になりました。掃除機はどんなふうにしゃべるのか、テンポやスピードもいろんな方の意見を元に作って行けたらと思います。

山中 「なぜ他の家電ではなく掃除機なのかを考えた」という話を本谷さんがしていて。掃除機は吸い込むものだから、家族それぞれが吐き出した思いを吸い込む存在なんじゃないか、って。ということは、やっぱり掃除機が壊れそうな3人のバランスをギリギリで保つ存在なんじゃないかという話になって。そうやって作品を解釈しながら進めていくのが面白くて。岡田さんが書いた脚本を岡田さん自身が演出されるのももちろん面白いと思いますけど、作家と演出家が違う公演って、作家の想像とは違った形で面白くなる可能性があるのが楽しいなと思います。

――岡田さんと本谷さんの組み合わせも、いったいどうなるのか楽しみです。

山中 美術が面白いんだよね。

栗原 表現が難しいので、ぜひ劇場にきて自分の目で見てほしいですね。なかなかないような構造のセットになりそうです。まだ実物は見ていないですけど、劇場にそれがどのように立体的に表現されるのかも、待ち遠しいですね。

山中 作品自体は、きっとね、類くんが「え、あれ栗原類だったの!?」というくらい、完璧な掃除機を演じてくれるはずなので、そこを楽しみにしていただけたら。

栗原 ハードル上げないでください(笑)。岡田利規さんの脚本を、難解だと思われるかたもいると思うんです。それは間違いではないです。でも、作品の構成自体はとてもシンプルだったりもするんですよ。いざ見たら、きっとマイナスのイメージは全部振り払われると思います。

俳優が舞台作品に出続ける意味

――お二人は舞台でも映像でも幅広く活躍されていますが、さまざまな活動のなかで舞台作品はどのように捉えていますか?

栗原 僕は役者としてまだまだですから、いろんな現場に入らせてもらえることがすごくありがたいですね。演劇にしろ、映画やドラマにしろ、芝居をすること自体が大事で、長く続けていきたいと思っています。舞台は本当にいちばんの勉強の場ですね。1〜2か月の間、みなさんと同じ場所に集って、試行錯誤して、失敗もできる。時間をかけて表現を作っていけるいい環境だというふうに思っています。ドラマは台本を読んで感じたものを監督に見せて、限られた時間内で瞬発力やアドリブ力が試される感じがあります。それぞれ違うスリルや緊張感があると思っています。

山中 やっぱり舞台は目の前にお客さんがいるというのが大きな違いで、本当に、怖いですね。ぜんぶを見られるじゃないですか。編集もないからリズムも自分たちで作っていかなくてはいけない。……でも、俳優である限り、ぼくは舞台には立つべきだなと思っています。その怖さは味わっておかないと、と。類くんも言うとおり、1か月なりの時間をかけて作品についても、自分の役についても考えて、相手の方とも積み上げていくことができるのは演劇のよさですよね。

――俳優である限り舞台に立つべきというのは、そのぜんぶを見られる、編集もない状態で人前に立つことをやり続けておかないと、ということでしょうか。

山中 そうですね、お客さんが目の前にいるって、やっぱりダイレクトなんですよ。カーテンコールの拍手で、作品がどうだったかがうっすらわかるんですよね。

栗原 わかりますね。

山中 ね。そして舞台では編集にも、アングルにも頼れない。もちろん共演者にはすごく力を貸してもらえるけれど、やっぱり自分の番のときには自分で、裸に近い状態で立っていなきゃいけない。ごまかせないから怖いけど、だからこそ面白くもあるんですよね。

栗原 山中さんがおっしゃる、お客さんに直接見られる独特の恐怖感はあります。息遣いさえも見られてしまう。そこに鍛えられるなあと思いますね。映像だとカメラに映るまではある程度力を抜くこともできるけど、舞台は開幕からカーテンコールまで役柄でいることになる。役とともに生きる時間が長いぶん、より発見がある気もします。

山中 今まさに舞台の公演中なんだけど、同じ作品でも反応って毎日違うんですよ。やっぱり舞台の空間は、自分たちキャストだけではなくて、お客さんと一緒に共有して作っているんだなと感じますね。そうやって共有できた、という喜びはあります。

――お二人が作品を選ぶ基準は?

栗原 僕はまだ、選べるような立場ではなくて。というか、基本的にどんな作品であっても、その現場でしか味わえない経験がありますから、どんな作品もいまはありがたく、楽しく経験していますね。いまはまだ、それぞれの現場で一番年下だったり芸歴が浅いことも多いので、これから自分より若い人たちとどんどん仕事できるようになるのも楽しみではあります。

山中 今回も一番若いね。ベテランが3人いるから(笑)。

栗原 一人のお父さんを、3人の俳優さんが演じられるんですよ。

山中 今日の読み合わせでも、3人に「じゃあセリフを皆さん一緒に言ってみてください」といったら、全然ユニゾンが合わないんですよ。

栗原 でもなんだか成り立っているんですよね。

山中 そっちのほうが面白いくらい。これはかなり楽しみですね。

――山中さんは、作品選びの基準はありますか?

山中 シンプルに「心が踊るかどうか」じゃないですか。今回でいえば岡田さんの作品も、本谷さんとご一緒するのも初めてなので、この座組みがどうなるかわからなくてワクワクしたので、やらせていただく選択をしました。

――では最後に、お二人それぞれの野望を教えてください。

栗原 僕は、野望は決まっているのですが、わりと規模が大きめなんですけど、だいじょうぶですか?

山中 いいんじゃない? 言っちゃいなよ。

栗原 海外のアカデミー賞でノミネートされることです。世界に知られている日本人俳優って、渡辺謙さん、真田広之さんなどいらっしゃいますけど、まだまだ欧米の映画の日本人役に日本人じゃないアジア人が配役されることも多いじゃないですか。それが悔しいなと思って。第100回目までのアカデミー賞でノミネートをされたいって思ってましたけど……。

山中 いま何回?

栗原 たしか95回です。あと5年しかないので、100回に間に合わなくてもその目標、野望は変わらず持ち続けるつもりではあります。日本にもいろんないい役者がいることを知ってほしいし、僕も海外で勝負したいと思います。

山中 いいねえ。いやあ、類くんみたいな大きな野望は僕はなくて。そうですねえ、カレーが好きだから……。

栗原 山中さん、言うと思った! 自分のカレーのお店をオープンしたいとか?

山中 いやいや、商売はたいへんだから無理無理。でもスリランカに行きたいですね。スリランカカレーが好きなので。そうだな、役者としての野望は……具体的なものはないですが、つねに自分を更新し続けたいという気持ちはありますね。それは大きなテーマではあります。

栗原 それはすばらしいテーマですね。

山中 ね。今回の作品でも、更新された自分を見てもらえたらと思います。

■プロフィール

栗原類(くりはら・るい)
1994年12月6日生まれ。東京都出身。子どもの頃からモデルとして活動し、2012 年から役者としてさまざまな作品に出演。主な出演作品に、舞台『気づかいルーシー』(ノゾエ征爾演出)、『未練の幽霊と怪物』(岡田利規演出)、『フリムンシスターズ』(松尾スズキ演出)、『春のめざめ』 (白井晃演出)、『どうぶつ会議』(田中麻衣子演出)、『Take me out』(藤田俊太郎演出)などがある。

山中崇(やまなか・たかし)
1978年3月18日生まれ。東京都出身。NODA・MAP『オイル』(野田秀樹作・演出)、『石のような水』(松本雄吉演出)、『小指の思い出』(野田秀樹作、藤田貴大演出)、『気づかいルーシー』(松尾スズキ原作、ノゾエ征爾演出)、『リチャード三世』『真夏の夜の夢』(シルヴィウ・ブルカレーテ演出)、『目頭を押さえた』(寺十吾演出)、『歌わせたい男たち』(永井愛作・演出) など、そうそうたる演出家の作品に参加。映画、CM 出演も多数。朝の連続テレビ小説「ちむどんどん」・大河ドラマ「鎌倉殿の13 人」(NHK)に出演。

ヘアメイク:貴島タカヤ

<公演情報>
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『掃除機』
日時:2023/3/4(土)~2023/3/22(水)
会場:中スタジオ
作:岡田利規
演出:本谷有希子
音楽:環ROY
出演:家納ジュンコ 栗原類 山中崇 環ROY 俵木藤汰 猪股俊明 モロ師岡

料金
一般:6,500円※平日早割あり(対象期間:3/7~10)/U24チケット(24歳以下):3,250円/高校生以下割引:1,000円/シルバー割引(満65歳以上):6,000円
お問い合わせ:チケットかながわ 0570-015-415(10:00〜18:00)

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