伊東便り 第1回「移住は悲しきサバイバル」

伊東便り 第1回「移住は悲しきサバイバル」

都内の世田谷に一軒家を借りて30年程マンガ業をやって生活していたのですが、年々落ち目で、とうとう仕事場兼住居の家賃が払えなくなり伊豆の伊東市に引っ越しをしました。

2018年の7月に越しましたから、約1年ちょっと伊豆市民をやっております。

趣味が釣りなので、海と山と川のある伊豆にはよく行っておりましたから、全然知らない土地に移住したわけではありません。たまに知り合いから伊豆で隠居生活とは羨ましいと言われることもあるのですが、隠居にはお金が要るのです。

そのお金を持っておりません。

生きていれば来年の夏には僕は60歳になります。ちょっと信じられませんが、もうそんな歳なのです。終の住処として特に伊東を希望していたわけではなかったのですが、ネットで色々と調べたところ伊豆の物件は安かったのです。故郷である高知に戻りたかったのですが気に入る物件が見つかりませんでしたし、やはり関東で暮らした年月は長かったのです。高知よりもある意味ふるさと感を関東に感じております。

最終的にはネットの少ない情報だけで家を買うことなど出来ませんから現地に行って物件を見るしかないのです。都内からあまりに遠い所では、何度も足を運んで吟味できませんから、静岡、山梨、神奈川の3県で中古建てを探していて、伊豆に絞りました。

もう都内で家賃を稼ぎながらマンガを続けるのは無理だとわかってからは、家探しの為に何度も伊豆に足を運びました。写真で見る限りでは良さげに見える家も現物と現地を見ると、とても金を払う気になれないものが多くて意気消沈して帰る日が続きました。

その中に築54年の2階建て4Kという家があって、相当古いので期待はしないで見に行ってみたら意外にも住める家でした。前の持ち主が丁寧に手を入れていて古家なりにもなんとか後10年は大丈夫ではないかと思いました。

10年より先のことは考えておりません。

それで、女房の判断次第ということになって連れて行くとオーケーが出たので、手に入れることにしました。その家には旦那さんを先に亡くしたお婆さんが1人で住んでいたのですが、体調が悪く1人暮らしも限界だというので東京にいる息子さんの所に行くことになったという話でした。

入れ替わりに東京から僕が住む。

なんだかヤドカリになった気持ちでした。

お婆さんの思い出がある家です。出たくはなかったでしょう。僕も長年住んだ世田谷のボロ屋を出たくはなかったのです。

玄関の前に夜中にウンコをされたり、隣のアパートの若者と騒音で何度もトラブルになったり、泥棒が下見に来たり、すぐ近所で放火があったり、お巡りさんが殉職したり、徘徊老人を助けたり、不良中年に因縁をつけられてあわやぶん殴られる寸前で近くに居合わせた若い衆に助けてもらったり、近所のネコ達との交流や別れもあったのです。つい先日、用事のついでに懐かしい元我が家はどうなったかな、と見に行ったら綺麗に更地になって売られていました。

小さな庭にあった樹齢50年以上と思われるもみじの木も抜かれて悲しくなりました。

30坪弱くらいでしょう。地価400万くらいの値だと思うのですが、僕は家賃を5000万くらい大家さんに払いましたから、住み始めた時に交渉して仮に買っていれば2000万くらいは戻ってきたんじゃないでしょうか。しかし30代の頃に家を買うという発想なんて僕にはなかったのです。

新居は伊東駅の裏手にあって、駅まで1400メートルくらいです。高台にあるので下りは平気で歩けますが帰りは息が切れます。最初は運動不足解消にいいと思って歩いてましたが、すぐに音を上げて中古のスクーターを買ってしまいました。ラクチンです。女房は小型限定普通二輪免許を持っているのですが、今の齢でスクーターに乗るのが怖いと言って暫くは歩きで買い物などに行ってましたがとうとうスクーターに乗るようになりました。

高台なので見晴らしはいいです。伊東市街全景。大室山、小室山、小室山に相模湾が見渡せます。近くには格安の葬儀場もあるので死んでも簡単安心です。

家の値段は570万でしたが540万にまけてもらいました。手数料他で280万くらいを女房と出して残りの300万を銀行から借りました。月に約2万7千円の10年払いです。世田谷の賃貸一戸建ての家賃が18万だったので家賃が一気に下がったと思うようにしています。

要するに移住はサバイバルの為です。

お金を借りるにあたって静岡銀行は融資の審査が厳しいというので三島銀行かスルガ銀行のどっちかだと思ったのですがスルガは誰にでも貸すが金利が高いので三信(さんしん)にしました。三信も低金利の住宅ローンは審査に少し時間がかかると言われたので面倒臭くて少し金利の高いローンを組みました。変動金利ですのでアベクロの金融緩和が行き詰まって火を噴くとえらい利払いになるかもしれません。ちなみに2019年10月現在は来年の利率が少し下がって2月の払いが60円くらい安くなってます。

しかし、早めに返すのが無難。

ローンを組んですぐにスルガ銀行の不正融資事件が明るみに出て驚きました。三信ローンも僕がもし払えなくなるとすぐに借金は保証会社に丸投げするので、その場合は年率15%の金利で取り立てされるので怖いです。

540万で買った家も路線価から外れているので売れたとしても100万だそうです。えらい不景気で本も売れないのでこれからまともに稼げる気がしません。

超不安な毎日です。

税金と国税がきついですね。水道代も都内よりは高いのです。公共料金は全て上がるし何故に今の政権がいいのでしょうか?消費税増税もウソかホントか50%以上の人が納得しているということで信じられません。

僕は日本国民の半分はバカなんじゃないかといつも心の中で罵っています。これはもう人間不信ですからしんどいです。人間不信にだけはなってはいけないと自分を叱りながら頑張っています。

僕は主に日常を題材にしたマンガをやってきたので現在の狂った日常を、どう描いたらいいのかわからなくて困っています。

今の世の中は何もかもが難しすぎて大変です。

マンガ家として今という時代を描くのが心底嫌です。今の言葉、今のファッション。ああもう50年前に戻りたい。スマホを持っている人物など描きたくないのです。うっとうしい!

だもので、去年から1970年代を舞台にしたマンガを描き始めました。その時代が良かったとは思っていませんが、描いていて少し気が楽ですね。

目を覆いたくなるような酷いニュースと毎日向き合うのはしんどいです。それはそれ。これはこれ。と、考えてエンタメやるのもなかなかの力業です。

というわけで次回からは伊東からのジジイ便りを綴ります。

(続く)

いましろたかし

いましろたかし

1960年生まれ、高知県出身。漫画家。86年ビジネスジャンプ掲載の「不通の人々」でデビュー。主な作品は「ハーツ& マインズ」「デメキング」「タコポン」(原作 狩撫麻礼)「ぼくトンちゃん」「釣れんボーイ」「非国民」(狩撫麻礼との共作)「ラララ劇場」「化け猫あんずちゃん」「原発幻魔大戦」「永遠のケツ」など。09年には「デメキング」(寺内康太郎監督)18年には「ハード・コア」(山下敦弘監督)が実写映画化されている。