鉄割学園物語 第一回

1

関東地方の外れ、どたら県、こうたら市にある学力レベル測定不能校、鉄割学園には、今日も、空っ風やら、つむじ風やら、微風が吹いていた。たまに突風も吹くし、竜巻が起こることもある。
 この学園に、入学資格はない、偏差値もない。しかしながら、入りたい人間が全員入れるわけではない。入学できる倍率は1000倍くらいなのだ。いったい、どういった基準で生徒を選んでいるのかはよくわからない。さらに老若男女を問わず、受け入れているので、通ってくるのは、独特な生徒ばかりなのだ。もちろん、そのような生徒たちを相手にするのだから、教師の方も独特極まりない。
 詳しくは説明できないのだが、ひょんなことから、わたしは、この学園の用務員として雇われ、学園内に潜入することができた。そこで用務員の立場を活かし、様々な場所へ空気のように入り込み、鉄割学園で起こるキテレツな日常をレポートしていきたいと思う。

「現代」

放課後、鉄割学園のOくんは、理科室のゴミ箱に捨ててあった白衣を着て帰宅したが、忘れ物をしたので、また学園に戻ってきた。
 教室で忘れ物をピックアップし、再び家に戻るため廊下を歩いていると、『ペットボトルの再利用法を考える部』のZくんが、ペットボトルの2リットル水を一気飲みしていた。
 Oくんは、Zくんの、グビグビ動く喉に見とれ、立ち止まって眺めた。
「よう」
 水を飲み干したZくんが言った。
「あーどうも、飲みっぷりいいですね」Oくんが言う。
「ああ、毎日、これを二〇回やってるから、たまんねえよ、そこが、ペットボトルの再利用法を考える部の辛いところさ」
「なるほど」
「つうかお前が手に持っている、それなんだ? ゴミか?」
 Oくんの手には、壊れて骨だけになった傘があった。
「ゴミじゃないよ」
「壊れた傘じゃねえか」
「ああ、作品に使うんだ」
「作品?」
「ああ」
「なんの作品?」
「アートの方面の作品なんだ。現代の方面のさ」
「現代の方面のアート?」
「ああ」
「そういう方面のアートやってんだ? お前」
「うんやってる。あの、現代の、現代の方面のアートを、過去未来抜かしてやってる。現代やってる」
「えー、どうして過去はやんねえの? そういう顧みる心も大事なんじゃないの」
「タイムマシンの免許持ってねえから」
 Oくんは咳き込んだ。
「えっ、お前、マシンの免許まだ持ってないの?」
「だってさ、おれ、ハンドル握れないんだもん。握ったら永遠にまわしてしまいそうで怖いんだ」
 Oくんが恥ずかしそうに言った。
「いやいや、タイムのマシンはさ、ハンドルないよ」
「そうなの」
「ギアだけだぜ」
「そうなの」
「さらにギア、前と後ろだけだから簡単だぜ、前が未来で、過去がバックだから、過去バック」
「現代は」
「ニュートラル」
「そうなんだ」
「そんでもって、お話戻させていただきますと、現代の方面のアートって、いったいどんなアートなの」
「知りたい?」
「知りたいね」
「あれだよ、ツンドラ地帯で、アートやってっから、方面、そういう現代のアート」
「は?」
「ツンドラで、氷の溶けてくサマを、納豆で固めて、レーザービーム、黄色と緑で華やかに昇華させてからの、ネズミ花火一万発」
「……。おしゃれじゃん」
「だろ」
「なかなかあれじゃん……。とちくるってるじゃん」
「あとね、ツンドラ地帯の、渡り鳥、ライフルで、『バン!』、撃ち落として、手術して、 また、飛べるようにして、飛ばすの」
 Oくんは得意げな顔をしていた。Zくんは、少し気がかりなことがあるようだ。
「でもさ、おまえ、鳥の手術とかできるの」
「できるよ」
「メスとかでできるよ。理科実験、カエルやネズミの解剖も得意だし、メスで蕎麦も食えるから」
「メスで蕎麦なんて食ったら、メスで口切るんじゃないの」
「もちろん切るよ。出血、でもさ、血はしょっぱいからな、ちょっと、塩味が効くね」
「他には、どんなアートやってんの」
「現代の?」
「ああ現代の」
「ガンモドキ」
「ガンモドキ?」
「ガンモドキで犬小屋を作るの。そこに婆ちゃん住ましてさ」
「え? 父ちゃん母ちゃん飛ばしちゃうの?」
「いやいや、ここだけの話、おれ、両親いねえから、婆ちゃんに育てられたんだ」
「そうなの」
「生まれたときから、存在してねんだ、母という存在が」
「じゃあ、どこから生まれたんだよ」
「ここだけの話、おれ、婆ちゃんから産まれたんだ。2月8日」
「へえ、おれ8月2日生まれだよ」
「近いね」
「ん?」
「誕生日」
 Zくんは、少しだけ頭が混乱してきそうになっていた。
「さてさて、冬と夏で、夏みかん!」
 Oくんが叫んだ。
 Zくんが冷静になろうとして、「作品展とかやらないの?」と質問した。
「やるよ、年末に、大回顧展をやるんだよ」
「大回顧展?」
「ああ、僕のぶっとくて短い人生を、でっかく展示するんだ」
「現代方面で?」
「ああ、現代方面で」
「そこには、どんな作品出すの?」
「そんなの言えないよ。秘密に決まってんだろ」
「そうだよな」
「まあ、ヒントとしては、この傘を使うんだけどね」
「へえ、じゃあ、テーマとかはあるの」
「テーマは俺、自分自身、わたくしめでございます」
「そうなんだ」
「つまり手術すっから自分で、俺のこと」
「メスで?」
「ああ、メスも使うよ」
「どこ手術するの」
「腰」
「腰か」
「腰痛、治すだ」
「アート方面で治すの」
「そうだよ、現代のアート方面で」
「腰痛治してからどうすんの?」
「腰の上に、夏みかん乗せて、死んだカラスと、この傘を突き刺して、社会批判」
「頑張れよ」
「頑張らない」
 Oくんは、壊れた傘を振りまわしながら、校舎を出て行った。
 Zくん、飲み干したペットボトルのラベルを取り外し、その中に小便をし、蓋をして、振りまわしながら部室に向かった。

鉄割学園では、今日も、このように不可解な出来事が繰り広げられている。
 わたしは今回、廊下の掃除をしながら、二人の会話を記録した。

(続く)

戌井昭人

戌井昭人

俳優・劇作家・小説家。東京都調布市出身。1995年、玉川大学文学部演劇専攻卒業。同年、文学座付属研究所に入所。翌年に文学座研究生に昇進し12月に退所。1997年に牛嶋みさをらとともにパフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」を旗揚げし、脚本も担当。2008年に「新潮」に発表した『鮒のためいき』で小説家デビュー。2009年に小説『まずいスープ』で第141回芥川龍之介賞および第31回野間文芸新人賞候補。2011年に『ぴんぞろ』で第145回の芥川龍之介賞候補、2012年に『ひっ』で第147回の芥川龍之介賞候補、2013年に『すっぽん心中』で第149回芥川龍之介賞候補、第40回川端康成文学賞受賞。2014年に『どろにやいと』で第151回芥川龍之介賞候補、第36回野間文芸新人賞候補。2015年に『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第38回野間文芸新人賞受賞。