相談者たち 第一回

相談者たち

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ほんの短いお話です。ですから、気軽に聞いて頂けると思います。あ、聞いて頂くって、決めつけていますね、わたくし。もちろん聞かなくったっていいんです。わたくしの、プライベートな事なんか。わたくしにしたって、特段、話さなくたっていいのです。でも今は、やはり少し聞いていただきたいのです。すみません、チグハグな事を言っていて。

実はわたくし、ある男性によって、この部屋に監禁されているのです。この部屋とは、K区にあるマンションの一室です。はい。今現在、監禁されているのです。監禁と言っても、手足を縛られ、猿轡をかけられたりしているわけではありません。ドアや窓を閉められているわけでもありません。自由に出入りはできます。ただ、その男性に「ここにいるように」と言われていて、わたくしはそうしなければならなくなっている、というだけです。
 言われただけで、そこにいて、それを監禁と言うのだろうか?とお思いでしょう。いつだったか、都心のアパートで、男が中学生の女の子を、一年だか二年だか監禁していた、という事件がありましたが、あれも、その間、二人で買い物等に行っていたと聞きましたし、やはりわたくしと同じように、物理的と言うよりも精神的に監禁されていた、と言うことができるのかもしれませんね。いえ、でもそうですね、あの中学生の女の子は、わたくしの監禁に比べたら、二倍か三倍、監禁度は高いかもしれません。確か、一人で部屋に居る時は、中から開けられないような施錠をされていた、という記事を読みましたし。それに、あの女の子と犯人との関係はと言うと、男女の関係はあったのかどうか記事だけではよくわからなかったけど・・なかったような気もします。なんだかヘンな、特殊な関係だったのではないかしら。というのはわたくしの勝手な想像なんですけれど。
 それに比べると、わたくしのこれは、もっと普通というか、そう言った意味ではヘンでも特殊でもないかもしれません。なぜなら、わたくしとこの男とは、れっきとした男女関係にあるからです。
 れっきとした、なんてなんで言うのだろう。まるで威張っているみたいだ。
 威張って等いません。それどころか、男女関係にあるのだ、と言った刹那に、なんでわたくしはこんなことになっているのだろうと、情けなくて仕方ありません。そもそも男女関係とはなんなのでしょう。もちろん、肉体関係のことですよね?
 にくたいかんけい。
なんてイヤな響き。対して、精神関係とか、心的関係とは言わないのか。聞いたことないから言わないんでしょうね。でも、それだったら、例えば、ええ、ちょっと極端な例かもしれないけど、突然、何かのきっかけでレイプされたとしますよね。例えば、そう、あたしが、あるおまわりさんに突然レイプされたとするじゃないですか。そのおまわりさんとは、少し面識はあったとして。挨拶するぐらいの仲っていう。その路の交番に立っていたおまわりさんに、バス停の場所を訪ねたことがあって、以前。それからそのあと、タクシー乗り場を訪ねたことがあって。あと、折りたたみ傘を落として、届け出はなかったかと聞いたこともあった。その路っていうのは、わたしのバレエの先生が近くの病院に入院されていて、その病院へと続く国道なんですけど、そういうことがきっかけになって、その交番の前を通るとき、そのおまわりさんと目が合ったりして、軽く会釈をするようになりみたいなことがわたし、実際あったんですけど、その挨拶する時の彼の目がなんだか、つまりそこに宿る湿気になにか普通の人よりも高いものを感じてはいたのです。あ、つまり湿気が。
 ところがその日は交番を見ると、そのおまわりさんはいなくて、別の警官が立っていました。それについては何も感じず、その制服を見て、いつからあんなに大きく「POLICE」って書かれるようになったんだろう、昔は英語は書いていなかった。漢字しか。「警視庁」とか「警察」とか。やっぱり外国人対応なのかな、等と考えながら、病院行きのバスに乗ろうとしたのですが、数分前に出たばかりだったので、歩いて行くことにしたのです。国道を真っ直ぐ行けばいいのですが、交通量も多くなってきていたので、脇の路に入り、そうすると、ずいぶん静かな住宅街です。途中にカーシェアリングの駐車場がありました。緑色の軽自動が数台あって、人はどこにもいません。夕陽がその軽自動車のボンネットに当たり、緑色が枯れ葉色に変わっていました。
 わたくしは更に考えていました。でも、外国人対応、と言っても、今、警察官に呼び止められたり、犯罪を犯したりする外国人ってほとんど中国人なんだから、それだったら、むしろ英語表記は余計なお世話ではないかな、等と、今考えるとひどく不謹慎な、つまり人種差別的なことを思ったりしたのですが、それは恐らく、数日前にテレビで、「大都会、警察24時間密着!」等というタイトルのドキュメンタリー番組を見ていて、その中で中国籍の男が何人も警察署に連れて来られて、尋問を受けていたのです。たぶんその影響だと思います。ただ、ドキュメンタリーと言っても、よくある再現ドラマみたいなやつで、警官が私ですら顔は見たことのある俳優だったし、その中国籍の人達も、顔はモザイクみたいなものがかかっていたけど、「そんなことないあるよ」とか「そうじゃないある」とかわざとらしい、いかにも日本人俳優が中国人を装っているひどい番組でした。そもそも普段テレビなんかめったに見ないのに、なんで見たんだろう・・ああ、そうだ、その後の教育テレビの美術の番組を見たいので、付けていたんだった。
 とにかく、たぶんそのせいでそんな事を考えたりしていたんですけど、その時です、駐車場の奥から、ああ、奇遇ですね、と声がしました。一瞬、誰だかわからなかった。それは、さっきは交番にいなかった、いつもはいる、あのおまわりさんでした。私は、ああ、と言いました。
「誰かと思いました」
おまわりさんは、こう言いました。
「ええ。制服じゃないですからね」
私が頷くと、
「今日は非番なんですよ」
ああ、と答える私。おまわりさんは、グレーのスラックスに、黄色いポロシャツ。裾をスラックスの中に入れて。その上にモスグリーンぽいカーディガンを着てい、ボタンは掛けていませんでした。たぶん、全部ユニクロではないか?ただ一つ、スラックスのベルトが、革のベルトなんですが、そのバックルが、明らかにそぐわないほど大きくて、フクロウの絵が彫られた金属製のもので、そのフクロウ自体はくすんだ金色なのですが、大きな目だけがブルーに塗られていて、こちらを見ていました。なにかを言われたのですが、聞き取れなくて、私は、は?と言いました。
「あ、ですから、警官に日曜日はないんで。今日がお休みです」
私が、「ああ。はい」
「喜多川さんは、今日もお見舞いですか?」
突然、わたくしの名前を言われたのでびっくりしました。なんで知っているんだろう。それに、お見舞い。病院に行くこともなんで?
「え、なんで、ご存じなんですか?」
「え?」
「あ。だから」
おまわりさんは、とても嬉しそうに笑って、
「仰ってましたよ、バレエの先生が、そこの医科大病院に入院しているからって」
と、私を見ながら、そう言ったのですが、「入院している」あたりから、あの湿度の高い視線が、わたくしの胸へ移動したのです。おまわりさんの目の湿度は異様に高く、濡れていました。夕陽がお顔に当たっていて、そのせいか、目からは黄色い液体が溢れ出ていました。わたくしは咄嗟に両腕で、自分の胸を隠しました。
 私は、その日、レンガ色のニットのワンピースを着ていて、比較的襟ぐりが広いものだったので、胸の谷間がほんの少しく見えてはいたのです。もちろんもっと大人しめの、襟の付いたシャツ等も持ってはいるのですが、病院へのお見舞いなのだから、少しく明るい、溌剌とした印象のものを着た方が良いだろう、ということがその理由でしたが、もう一つ、あの交番の前を通るから。ということも少しく頭の片隅にあったような気がします。もちろんそれは微かな意識で、強いて理由をもう一つ挙げるなら、というぐらいの、そう、わざわざここで今、言うことなのかどうか、自分でもよくわからないのですが、でもとにかく、そういう微かな、なんと言うか、インモラルな理由があったとはいえ、そのような、あからさまな視線を自分の胸に感じたわけですから、両手でこの谷間を隠したのは当然ではないでしょうか?
 とは言うものの、そのインモラルな理由も手伝って、その強い視線の持ち主に「見られたくないならば、なぜそういうニットのワンピースを着ているんですか?」と詰問されているような気にもなって、その後ろめたさからなのか、照れからなのか、わたくしは、胸を押さえながら微笑しました。ええ、ほとんど無意識に、微笑したのです。文字にするとしたら、「ふ」ではなく「あ」ぐらいです。「あ」と微笑したのと同時に、なにかが微動する気配を感じたので、そちらの方を見ると、彼の股間が大きく勃起していました。

つまり、整理するとこういうことです。
十月のある日の夕刻、K駅前の国道から脇の道へ入った、静かな住宅街の、カーシェアリング用の駐車場で、わたくしは、私服のおまわりさん(非番)と向き合っていた。私服のおまわりさんの股間は異常な程勃起しており、黄色い涙を流しながら、わたくしの胸を見ていた。わたくしは、両腕で自分の胸を覆いながら、おまわりさんの目と股間を交互に見た。

(次回へ続く)

山内ケンジ

山内ケンジ

生まれてから長い間CMディレクター&プランナーとして活躍、「NOVA」「コンコルド」「クオーク」「ソフトバンク」等話題のCMを多数手がける。04年から演劇の作・演出を開始、「城山羊の会」を発足、『トロワグロ』(14)で題59回岸田國士戯曲賞を受賞。映画では『ミツコ感覚』(11)、『友だちのパパが好き』(15)に続いて、前記『トロワグロ』を原作とした『At the terraceテラスにて』(16)。新しい地図presents「クソ野郎と美しき世界」EPISODE.02『慎吾ちゃんと歌喰いの巻』(18)が4本目となる。