第三十四回特別インタビュー 水澤紳吾(俳優)

数多くの映画やドラマで、強い印象を残す役者・水澤紳吾。「何のキャリアもない」と謙遜するが、最近の出演作を並べただけでも『私の家政婦ナギサさん』『罪の声』『グッド・バイ』『花束みたいな恋をした』『さんかく窓の外側は夜』と、たくさんの作り手から求められていることがわかる。そして9月25日から舞台『パラダイス』への出演を控える今、そんな水澤の役者の道を選んだきっかけから今後の野望までを聞いてみた。

――水澤さんが最初に俳優の道に進もうと思った動機は?

水澤 守屋文雄という映画監督がいるんですけど(注:監督作に『まんが島』『すずしい木陰』など。『キツツキと雨』『ディアスポリス』で脚本家として、他に俳優としても活動)、守屋と小学校から同級生で。

――小学生から!

水澤 同じクラスになって、仲良くなったんですよ。最初、藤子不二雄の『まんが道』に共感して、二人でマンガを描こうって話になったんです。それぞれマンガを描いてみたら、僕はあっちこっちの絵を写していたけど、守屋はちゃんと自分の作品を描いていて。その時点から作る人だったんですよね。

―― いい出会いですね。

水澤 まあそこから映画の話をしたり、映画館に通うようになったりして。以来ずっと映画が好きで、それが今に至る根っこの根っこなのかな。守屋が浪人時代映画館に通っていて、そこで顔見知りになったおじさんから8ミリカメラをもらったんですよ。

――豪華ですね。

水澤 編集機ももらって、じゃあ試しに映画を撮ってみるかって遊びで一本撮ったんです。

――それまでは、映画館に通ってはいたけれど、観るのを楽しむ側で、自分で撮ろうとは思ってもみなかった。

水澤 そうですね。いまだに撮ろうなんて思わないですけど、そのときはちょっとためしに、守屋監督で、僕が出て。

――どんなお話ですか?

水澤 気の狂った奥さんが鬼ババになってしまって、逃げたり追ったりがあって、最後に旦那さんが抱きしめたら鬼がふっといなくなるという話です。……案外覚えてるもんですね。

――「気の狂った」から始まったからどうなるかと思ったら、いい話ですね。ご自分も出演を?

水澤 その奥さんが僕で、浪人仲間の清水くんが旦那役で。その旦那の芝居が守屋に褒められてて、ちょっとくやしかった思い出があります(笑)。

――そこで俳優を初めて体験したわけですね。

水澤 その後、守屋といっしょの大学(日本大学芸術学部)に入ってからはパチンコばっかりやってたんですけど、小劇団をやっている先輩に「チケット売ってくれない?」と言われて。要は、舞台に出してやるからノルマチケットをさばいてくれと。

――映像作品がほとんどだと思っていましたが、キャリアの最初に舞台があるんですね。

水澤 そうなんですよ。ほかに実習とか、守屋の卒業制作の映画に出たりもしてました。あと、守屋とは「芝居でもやるか」と言って二人芝居をやったりもしてました。

――水澤さんにとっては守屋さんの存在がとても大きいんですね。そんな学生時代を経て、水澤さんのプロフィールに書かれているいちばん最初の映画は沖田修一監督の短編『鍋と友達』ですが。不登校児が無理やり鍋を囲まされるというブラックコメディですよね。

水澤 水戸短編映像祭でグランプリをとって、池袋の映画館で上映されたんです。初めて大きなスクリーンにかかって、たくさんの人に見てもらったという嬉しさがありました。自分が自分じゃないみたいな感覚になりましたね。それは実は今もまだ、ちょっとありますけど。

師匠みたいな存在の3人の作り手

――水澤さんといえば、入江悠監督の『SRサイタマノラッパー』のMC TOM役が印象的ですが。

水澤 『鍋と友達』で出た翌年の映像祭のオープニング映像が入江さん監督だったんですが、それに僕が出演して、そこから『SRサイタマノラッパー』にも呼んでもらったんです。

――ラップは得意だったんですか?

水澤 いや、全然。入江さんに「ラップできますか?」と聞かれて「できないです」と答えながら、でもやるしかないなと。さんぴんCAMPのDVDを入江さんに渡されて、練習しました。ラップは今も全然できませんが…。

――そうやって作品を重ねて、今に至るまでのどこかで「俳優としてやっていくんだ」と覚悟を決めた瞬間があるんですか? いや……、いまだに仕事というよりも、勉強させてもらってるなあという感覚が強くて。苦しいけど楽しいし、みんなでいい作品作るんだ、頑張ろうという感じです。

――その感覚で20年。 水澤 ね、もうそんなに。……まあ、俳優だけで食っていけるかといったら、そんなことはなくて。でもやっぱり作品に参加して俳優仲間ができた。「みんなとやっていきたいな」という思いがいちばんのモチベーションになって、ここまで続いているのかなと思いますね。変な連中が多いんで、面白いですよね。師匠みたいな存在もいますし。

――師匠みたいな存在というのは?

水澤 いま参加している舞台『パラダイス』の作演出をやっている赤堀雅秋さん。それから、大森立嗣さん。

――初主演作『ぼっちゃん』の監督ですね。

水澤 はい。あとは、やっぱり守屋です。この三人には本当にいろんなことを教えてもらったなと思います。現場での演出だけではなくて、芝居の根っこ部分のことを教えてもらって。

――大森さんとの出会いは? いきなり作品に呼ばれたんですか?

水澤 何度か飲み会でご一緒はしていたんですよ。で、ある時、大森さんが不細工な俳優を探していたらしくて。(大森監督の実弟である)南朋さんのもとに「水澤がいるじゃん」と誰かが伝えてくれたみたいで、それを聞いた大森さんが「ああ、水澤知ってるよ」と。それで選んでいただきました。

――映像作品にはたくさん出演されていますが、やはり主演となると違うものですか? 水澤 それも気にしてくださって、「あんまりやろうやろうとしないで、感じたままやればいい」と。僕が尊敬する人たちは皆さん同じ感じで、赤堀さんにも「意図をつくらないで」と言われたのが印象に残っていますね。

――意図を作らない?

水澤 「フックをかけていく」瞬間があるんですよ。演技のうえでなんかちょっと作ってしまうことがあるんですよね。そういうことをすると、やっぱりバレてしまう。だから、大森さんとか赤堀さんとかの現場ではなるべくフラットに、というのを意識しています。

――「フックを作る」というのは、要はちょっと注目を集めるような演技と言いますか、少しの登場でもインパクトを残すような演技だったりもして、他の現場ではむしろ求められることもあるわけですよね?

水澤 そうですね。あると思います。

――けれども、大森さん、赤堀さんのお二人はそうじゃない。

水澤 そうなんですよ。守屋もそうです。

――水澤さんが尊敬する3人は、共通して「余分なことをするな」と。

水澤 この前、久しぶりに守屋の監督作品に参加したんです。「よし、何年かぶりの守屋の作品だ」と意気込んで、でも最終日にすごく遠くで撮っていた守屋がバーッと走ってきて、怒られました。幼なじみに怒られるのって一番キツいなって思いました(笑)。

――それは、何を怒られたんですか?

水澤 階段をのぼるシーンで、ちょっと芝居でためてしまったんです。それを「なんでそこでためるんだよ、一気に行けよ!」って。

――なるほど。言われて、フックを作っていたことに気づかされた。

水澤 そうですね。

――そう思うと、「そのままやる」というのは、逆に難しそうな気もしますね。

水澤 だから、もう本当にわからないときは「わかんないや」と思ったままやっていますけどね(笑)。3人に共通するのはやっぱり空気感を大切にすること、気持ちをセリフで伝える、受けるってことなんですけど、難しいですね。下手で嫌になります。

同じ作り手に再び呼ばれるということ

――赤堀さんとの出会いは?

水澤 『鳥の名前』で呼んでもらったのが最初です。『鳥の名前』は、赤堀さんが「ダメ俳優を集めて芝居を作ろう」と思ったみたいで。共演の新井浩文さんから直接声をかけてもらって、「ダメ俳優」として呼ばれて初めて赤堀さんと会いました。

――さっきも「不細工な俳優」、今度は「ダメ俳優」と、すごい呼ばれ方をしていますね。ということは、脚本ありきじゃなくて、俳優さんを集めて、この人たちと作品を作ろうというものだったんですね。

水澤 そうですね。人が決まって「このメンツでやるならこういう物語だろう」という進め方だったと思います。実際にはザ・スズナリで上演したんですが、最初別の劇場に話を持っていったら「こんなわけのわからない人達ではできません」と断られたらしいです(笑)。

――そんな経緯が! 水澤さんはドラマや映画などの映像作品のほうが多いと思いますが、映像と舞台とでは違いますか?

水澤 やっぱり舞台をそんなに頻繁にやっていないし、トレーニングを積んでいないので、声を出さないとと思うと、どうしてもうわずっていっちゃうんですよね。それでちょっと焦ってしまったりして……。また赤堀さんに舞台『パラダイス』に呼んでいただいたので、今回も頑張らないと。

――2020年に上演予定だった作品がいちど中止になったものですね。

水澤 そうなんです。昨日ちょうど本読みをしたところです。

――では脚本ができあがって、これから稽古を重ねていくんですね。赤堀さんの演出はどうですか?

水澤 赤堀さんって演技がすごくうまいんですよ。

――赤堀さんは役者もやってらっしゃいますもんね。

水澤 そうなんですよ。だから「ちょっとこういうふうにやってほしい」という演出がぜんぶすごくうまくて、共演者たちも、僕自身もその赤堀さんの演技で笑っちゃったりするんですよ。そこに到達しなきゃいけないし、かといってまったく同じようになぞるのも違うし……。そこは難しいですけど、日々、本当にいろんなことを教えてもらって、得してるなって毎日思います。周りのみなさんの芝居を見ているだけでも勉強になりますし、赤堀さんの言わんとしていることが伝わってきて……。

――『パラダイス』の脚本を読んでみて、水澤さんはどう思いましたか?

水澤 面白かったです。『パラダイス』って、最近そこまで使われない言葉だなって思ったんですよ。そんな言葉をタイトルに持ってきて何をするのかと思ったら、メッセージ性もありながらちゃんとエンターテイメントにもなっている作品で。詐欺グループの話なんですけど、みんな底辺の人たちで。なんかね、感動するんです。すごく心に残る作品になると思います。

――楽しみです。それにしても、尊敬する赤堀さんの作品に再び呼ばれるのはうれしいことじゃないですか?

水澤 そうですね。でも怖くもありますよ。

――怖い?

水澤 だって本当に情けないですが、呼ばれなければそのままの関係でいられるわけじゃないですか。でもチャレンジするしかない。

――出なければ自分の演技で失望させたり、嫌われたりする危険がないということですか?

水澤 そうですそうです。でも、やっぱり出たいし、一緒に作品を作れたら嬉しいし、勉強になるし。だから一生懸命やるしかないですね。

最近胸に生まれた野望

――俳優として目指すもの、やってみたい役はありますか?

水澤 (小声で)ぜんぜんないんですよねえ……。

――来るもの拒まず。

水澤 俳優の仲間と一緒にごちゃごちゃやっていたい、いつまでもその場所にいたいということしかないので。

――俳優として、現場にいたい。

水澤 ただ、守屋が一生懸命生み出している姿も近くで見ていたりしたので。本当に地獄のような苦しみの中で生み出していくわけですよ。もちろん人によって違うでしょうけど、その過程を垣間見てしまっているから、こっちも本気でやらないと、というのは思っています。仲間も、皆、本気ですし。

――本当に守屋さんと仲がいいんですね。

水澤 週1回くらいのペースで必ず会って飲んでいた時期もありましたから。最近はそこまでではないですけど、僕が出た映画のトークイベントに参加してくれたりしますね。最近出演した2本は「頑張ってたね」って褒めてくれました(笑)。

――それにしても、役者として、ブサイクな役者がほしいとか、ダメな役者がほしいというときに「それなら水澤さんだよね」と呼ばれるのはやっぱり誇らしいことですよね?

水澤 ぜんぶ褒め言葉で、もちろん嬉しいです。ただ、自分自身が本当はそこまでダメじゃないことに心痛めるときはあります。

――あ、本来の自分が。

水澤 はい。もっとダメになりたい。胸を張って「ダメ役者です」といえるようになりたいなと思うことはあります。何言ってるのかわからないですけど…。

――そこまで破滅的ではない、きちんと日々暮らしてらっしゃるわけですね。

水澤 はい……。まあ、これといった趣味がなくて、だいたいお酒を飲んでいられればいいっていう部分はちょっとダメかもしれませんけど。

――なるほど(笑)。

水澤 ただ、今は稽古中なので飲みには行ってないです。本番が開けてからでも、赤堀さんに誘われたら嬉しいですね。

――最後に、野望があれば教えてください。

水澤 そうそう、野望?最近できたんですよ。この前、現場で松浦祐也(注:水澤とは『鍋と友達』以降多くの作品で共演)と久々に会って、それがなんかすごく嬉しくて。これまで長生きしたいなんて全然思ったことなかったんですけど、ちょっと長生きしたいなと思うようになりました。長生きして、ずっと芝居をしていきたいですね。で、70歳とか80歳で役者仲間と一緒に現場にいられたらうれしいです。

■プロフィール

水澤紳吾(みずさわしんご)
1976年生まれ。宮城県出身。入江悠監督『SRサイタマノラッパー』シリーズ(2009~12年)にMC TOM役で出演。
大森立嗣監督『ぼっちゃん』(13)で映画初主演を果たし、第23回日本映画プロフェッショナル大賞にて新進男優賞を受賞。
近年の出演作に映画『羊の木』(18)、『罪の声』(20)、恋い焦れ歌え(22)、鍵(22)(主演)。ドラマEX「サイン-法医学者 柚木貴志の事件-」(19)、TBS私の家政夫ナギサさん(20)、NTV「恋はDeepに」(21)、NHKBSP「拾われた男 LOST MAN FOUND」(22)、TBS「ユニコーンに乗って」(22)。
舞台コクーン歌舞伎 佐倉義民傳(10)、「鳥の名前」(17)などがある。

<最新作>

作・演出:赤堀雅秋
出演:丸山隆平、八嶋智人、毎熊克哉、水澤紳吾、小野花梨、永田崇人
飯田あさと、碓井将大、櫻井健人、前田聖太、松澤 匠
赤堀雅秋、梅沢昌代、坂井真紀、西岡德馬

東京公演
シアターコクーン
2022/10/7(金)~11/3(木・祝)
https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/22_paradise/

大阪公演
森ノ宮ピロティホール
2022/9/25(日)〜10/3(月)
https://kyodo-osaka.co.jp/search/detail/5118