第二十九回特別インタビュー 村岡希美(女優)

ナイロン100℃、さらに5年前からは阿佐ヶ谷スパイダースの劇団員として、劇団公演はもちろん、名立たる演出家から厚い信頼を寄せられ、どんな作品をもグッと豊かなものにしてしまう稀有な役者、村岡希美。25年を越える役者人生、その多くを舞台で過ごしてきた彼女だが、ここ数年で少し、役者としてのスタンスに変化を与えてみたくなったと言う。生粋の演劇人である彼女が、今見つめる先とは――。

やりたいことをやれるうちにやっておこうと思うようになった

――50歳を機に、いろいろと思いを新たにされることがあったと伺いました。

村岡希美(以下、村岡):そうですね。2020年に50歳になったんですが、パンデミックという明日どうなるかわからない状態を経験して、これからは少し身軽になって、やりたいことをやれるうちにやっておこうと思うようになって。舞台のお仕事以外にも、映像のお仕事でもひとつの作品とガッツリ向き合ってみたい。役者としてのスタンスをこれまでとちょっと変えてみたいと思ったんです。

――今後は舞台だけでなく、映像作品でも村岡さんを見られる機会が増えそうですね。

村岡:でも映像に対してはいまだに苦手意識がありますし、出来ればやりたくないと思っていた時期もあります。ほぼ舞台しか知らないわけで、正直映像のことはよくわからない。でもだからこそ自分の知らないなにかがそこにあるんじゃないか、それを知りたいと思って。お芝居のやり方にしても、舞台と共通のところもあればそうでないところも絶対にあるはず。そういうことを自分なりにもう一歩踏み出したところで、新たに気づくことがあればいいなと思っています。

手作り感を味わいたくて、また劇団を始めたのかも

――ここ近年での変化といえば、2017年には「阿佐ヶ谷スパイダース(以下阿佐スパ)」の劇団員になられました。新たに劇団に入る心境とは?

村岡:阿佐スパには3人(=長塚圭史、伊達暁、中山祐一朗)でやっていたころ、20年くらい前から、何度か出させてもらっていました。ただ長塚さんが劇団とちょっと距離を取っていた時期もあり、「このまま辞めちゃうのかな?」と心配したりして。でも長く続けていると、劇団を見つめ直す時期って絶対にあると思うんです。そんな中で長塚さんは、やっぱり劇団を続けたいと思われたんですよね。あらためて役者だけでなくスタッフさんも劇団員として加え、人数を増やして劇団員だけで作品を作りたいんだと。そこで「ジョジョ(=村岡)も劇団員になってくれない?」と声をかけてくれたんですが、ご存知の通り私、ナイロンの劇団員でもあるわけです。それでKERA(=ナイロン主宰のケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんにお話してみたら、「いいんじゃない?」って二つ返事でOKをいただけて。それならば断る理由はなにもないですし、私の中でナイロンと阿佐スパはまた全然感覚が違うものなので、劇団を掛け持ちするのも面白いなと思ったんです。

――村岡さんの中での、ナイロンと阿佐スパの感覚の違いとは?

村岡:やっぱりナイロンはゼロからと言いますか、本当に芝居をやったことのない状態で劇団に入ったので、その当時はまったくなにも出来なかったんです。だからいまだにKERAさんの前に立つと、あのなにも出来なかった、新人のころの自分に戻ったように緊張します…。劇団化した阿佐スパは、劇団としてはまだまだ生まれたてというか、オーディションなどで少しずつメンバーが増えていっている状態。そのオーディションにしても、応募のチラシを作るところから始めて、それを劇場に折り込みに行って、書類が届いた順番に並べて書類選考をし、オーディション会場をおさえ、みたいな。本当にゼロから、全部自分たちで立ち上げました。もともとの阿佐スパの3人と、(中村)まことさんやトミー(=富岡晃一郎)と私なんかは、それぞれの劇団も経験してるので、準備の過程の大変さもどこか懐かしかったんじゃないかな。こういう手作り感の大切さを再度味わいたくて、また劇団をスタートさせたところもあるのかなと思います。

――近年のナイロンでは、そういった裏方の仕事を役者がする機会もほとんどないのでしょうね。

村岡:最近は劇団員みんなの年齢層が上がってきましたので(笑)、芝居意外のことで体を痛めたりしないようにと、スタッフさんからのはからいもありほとんどやらなくなりました。でも昔は、劇場の仕込みやバラシ、小道具や衣裳のお手伝いもみんなずっとやっていて。だからこそ今阿佐スパでやっていることが原点に帰ったようで懐かしくいとおしく感じられるんです。

――オーディションのお話もありましたが、今の阿佐スパは、若手メンバーが多いのも特徴の一つですね。

村岡:若いメンバーに対しては、せっかく入団してくれたからにはモチベーションが下がったりしていないかとか、演劇や劇団を楽しんでくれているかとか、常にそういった思いが根っこにあります。お稽古をしている時も、例えば私に向かってすごくいい表情でお芝居をしているのに、お客さまに対してずっとお尻を向けていたりする子がいる(笑)。そんな時は、「もうちょっとこの辺に…」と立ち位置を提案してみたり。普段、外部では役者同士であまりそういったことはしないんですが、やっぱりそこは劇団。みんなで作っている中で自分に出来ることはなにかな、と考える感覚が強い気がします。阿佐スパが今の体制になって前作で4本目ですが、みんなと過ごす時間が増えれば増えるほど関係性は深まっていると思いますし、最近ようやく劇団っぽくなってきたかなって感覚はあります。

50代なんて、実はまだまだ“ひよっこ”だなって

――昨年は阿佐スパの新作も含め、3本の舞台に出演されました。中でも大きな話題を集めたのが、NODA・MAP『フェイクスピア』です。

村岡:野田(秀樹)さんの現場は4回目になりますが、野田さんの世界って、やっぱり野田さんの世界にしかないものなんですよね。メンタル面でも、フィジカル面でも、エネルギーを放出するお芝居なので、一定のテンション以上のところからスタートしなければいけない。すごくエネルギーに溢れていて、そのみんなが発しているエネルギーが球体になっているというか。もちろんロングラン公演なので、体調が悪いとか、足が痛いって人も出てくるんですけれども、それをみんなで補いながら、そのエネルギーの球体を維持している。それこそが野田さんの世界なのだと思います。

――近年のNODA・MAPにも、ある意味劇団のような強みがありますね。

村岡:そうですね。アンサンブルメンバーが本当に素晴らしくて、「ここまでのアンサンブルを作り上げることは、最近だと世界的にも難しいんだよ」と野田さんが誇らしくおっしゃっていましたから。一人ひとりが無くてはならない存在ですし、センターの役者さんをサポートしつつ、なんでも出来てしまう。そんなアンサンブルの方々と共演出来るというのが、NODA・MAPに参加する一つの醍醐味になってきているんじゃないかなと思います。

――その一方、コロナ禍に突入した2020年は、参加予定だった範宙遊泳『ディグ・ディグ・フレイミング!』が全公演中止になるなど、まったく舞台に立てない日々が続きました。

村岡:私、一年間まったく舞台をやらなかったのは、1995年にナイロンに入ってから初めてのことだったんです。それで変な話、すっごく疲れが取れたんですよね(笑)。思い起こすと、30代のころまでは、舞台を終えた時の疲れは、次のお稽古が始まるまでには標準の状態までリセットされていた。でも40代半ばくらいから、前のお芝居の疲れが取れないまま次が始まってっていう状態が繰り返されることで、本当にミルフィーユみたいに疲れが蓄積されていって。でも2020年に一年間休んだことで、そのミルフィーユが一枚一枚はがれて本来の50才の自分の身体に戻った。身も心も、ものすごくスッキリしたんです。まさに不幸中の幸いのような感じでした(笑)

――演劇界にも大きな影を落としたコロナ禍ですが、マイナスばかりではないんですね。

村岡:ええ。もちろん舞台が中止になって残念ではありましたけど、あまり落ち込むって感じではなかったんです。もともと家にいるのは好きでしたし、(愛犬の)花子と一緒に過ごす日々は全然苦じゃなくて(笑)。ただそれほど悲観的にならずに済んだのは、2021年の三本の舞台が、一日も欠かさずに出来たことも大きかったと思います。ちょっと時期がずれただけで、公演中止になってしまった作品も多々ありますから。そんな皆さんのことを思うと胸が痛いですし、だからこそ一日一日を大切に、貴重な瞬間を生きているんだということを感じて舞台上にいたいと思いました。

――範宙遊泳『ディグ・ディグ・フレイミング!』は、今年6月に待望の上演が決定しましたね。

村岡:範宙遊泳に参加させてもらうのは初めてですし、実は(作演出の)山本卓卓さんとお会いしたのも、一度劇場で軽くご挨拶をさせていただいただけなんです。だから情報はほぼゼロ。そこそこ長くやっていると、共演経験がある方が増えていきますからね。そういった意味でも今回は、スタッフさんも含めて皆さん初めての方ばかりなのは、もちろんドキドキもしますが、今からすごく楽しみなことなんです。

――現在51歳になられましたが、今後の役者としての展望を教えてください。

村岡:50歳になった瞬間は、「50代を楽しむぞ、イエーイ!」みたいな感覚だったんです(笑)。でも実は、50代なんてまだまだ“ひよっこ”だなと。というのも『フェイクスピア』で橋爪功さん、白石加代子さんとご一緒したのですが、あの時お二人は80歳手前。私がナイロンに入ってから25年ですが、白石さんの年齢になるまでには、まだ30年もある。つまり、自分の今までのキャリアでもまだ足りないんですよね。そう考えると、50歳イエーイ…なんてことを考えていたこと自体がひよっこ過ぎて。そんな自分の頭をガツンと殴ってもらったような強烈な体験を毎日舞台上でさせていただいたんです。舞台上でのお二人のまったく年齢を感じさせないエネルギーは、言葉では表現出来ない、今そこにあるエネルギーでした。それを浴びて“年齢にふさわしく生きる”みたいな考え方自体が、もうアホらしいというか(笑)。だから一回一回の作品と向き合ったり、一日一日を生きる積み重ねによって、今、たまたまここにいる。そういう生き方が理想だなと思っています。

■プロフィール

村岡希美(むらおか・のぞみ)
1970年9月9日生まれ 東京都出身
1995年より劇団「ナイロン100℃」、2017年より劇団「阿佐ヶ谷スパイダース」に所属。
持ち前の艶やかな声と確かな演技力で舞台・テレビドラマ・映画に幅広く活躍。
【舞台】「老いと建築」(21)、「湊横濱荒狗挽歌~新粧、三人吉三。」(21)、「フェイクスピア」(21)、「終わりのない」(19)、「キネマと恋人」(19)、「イーハトーボの劇列車」(19)、
【映画】「108〜海馬五郎の復習と冒険」(19)、「イニシエーション・ラブ」(15)、「岸辺の旅」(15)、「凶悪」(13)、「夢売るふたり」(12)、
【ドラマ】「妖怪シェアハウス–帰ってきたん怪–」(22・EX)、「日本沈没–希望のひと–」(21・TBS)、「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」(21・EX)、「コールドケース3」(21・WOWOW)、「アライブ ガン専門医のカルテ」(20・CX)「透明なゆりかご」(18・NHK)など。

範宙遊泳『ディグ・ディグ・フレイミング!』
作・演出:山本卓卓
出演:埜本幸良 福原冠
⻲上空花 小濱昭博(劇団 短距離男道ミサイル) 李そじん(⻘年団/東京デスロック) 百瀬朔 村岡希美(ナイロン 100°C/阿佐ヶ谷スパイダース)

https://www.hanchuyuei2017.com/digdig22

2022 年 6 月 25 日(土)〜7 月 3 日(日)
東京芸術劇場 シアターイースト

チケット販売は5月上旬を予定。